なぜ今もテレヴィジョンか
ロックを聴いていて、急に「何か違うもの」を求めたことはない?
王道のブルース・ロックや派手な衣装とメイクで着飾ったグラムロックにも、ちょっと飽きてしまった。そんな経験、きっとあるはず。
今日紹介したいのは、そんなあなたの渇望を静かに、でも強烈に満たしてくれるバンド【テレヴィジョン (Television)】です。
彼らは1970年代のニューヨーク、あの悪名高きライブハウスCBGBから飛び出します。
ラモーンズやパティ・スミスといったパンクのレジェンドたちと同じ舞台に立ちながら、彼らの音楽は「パンク」というにはあまりにも異質でした。鋭く、知的で、文学的な香りがする… まるで「アートパンク」という新しいジャンルを予言していたみたいに。
この記事を読めば、あなたはきっとこう思えるはずです。「今まで聴いていたロックはなんだったんだろう」って。彼らはロックの概念を静かに、でも確実に変えてしまいました。
未聴の方へ
彼らの最高傑作『Marquee Moon』がなぜ「究極のギター・アルバム」と呼ばれるのか、その秘密がわかります。
愛好家の方へ
トム・ヴァーレインのギターがなぜブルースの影響を排し、ジャズや詩に傾倒したのか、その創作の深部に迫ります。
さあ、CBGBの汚れた床に立ちながらも、空の月を見上げていた孤高のギター・ヒーロー、トム・ヴァーレインが遺した音楽の金字塔を、一緒に探検してみましょう。きっとあなたの音楽観が変わるはずです。
テレヴィジョンの音楽が持つ3つの魅力
テレヴィジョンはニューヨーク・パンクの代表格として語られることが多いですが、そのサウンドは一般的なパンクのイメージとはちょっと違います。彼らの音楽を理解するための、最初の3つのポイントを見ていきましょう。
「速く、短く、粗い」パンクの常識を覆した
パンクと聞いて多くの人が思い浮かべるのは、セックス・ピストルズやラモーンズが象徴する「スリーコードで短い、攻撃的な曲」かもしれません。テレヴィジョンはその常識を、真っ向から崩したのです。
彼らは、肥大化したロックへの反動という点ではパンクと同じ精神を持ちながら、楽曲の構成や演奏技術において一切妥協しませんでした。
| (一般的)パンク | テレヴィジョン |
|---|---|
| 速い/短い | 長尺で壮大 (代表曲「Marquee Moon」は10分超え) |
| 粗削り/衝動的 | 知的で洗練された構成美 |
| パワーコード中心 | クリーンでメロディアスなツインギターの絡み |
彼らの音楽はプログレッシブ・ロックやアートロックのエッセンスを取り入れながら、パンクの持つ生々しいエネルギーでそれを鳴らしました。この独自の融合が、彼らを唯一無二の存在にしているのです。
絡み合うツインギターが最大の魅力
テレヴィジョンのサウンドを聴く上で欠かせないのが、トム・ヴァーレインとリチャード・ロイドという二人のギタリストによる「ツインギター」のアンサンブルです。
二人のスタイルは対照的でした。トム・ヴァーレインはジャズから影響を受けた叙情的で予測不能なフレーズを、リチャード・ロイドはロックンロールに根ざした構築的なソロを担当しました。
彼らのギターは単にリズムとリードの関係ではなく、「ジグソーパズルのように」複雑に絡み合い、互いに反応し合っています。その音はクリーンで鋭角的なトーンが特徴で、聴いているとまるで都会の夜景を高速で走り抜けているような、ヒリヒリとした緊張感を覚えます。
「See No Evil」:トムとロイド、それぞれの個性がぶつかり合う、疾走感あふれるオープニング曲。軽快なリズムと鋭いギターリフが、自由への渇望を歌っています。
「Marquee Moon」:10分40秒にも及ぶタイトル曲は、二人のギターが織りなす「狂気のクライマックス」です。特に後半のトムのロングソロは、聴く人を音の渦に引き込みます。まるで宇宙に吸い込まれるような感覚を覚えます。
「Friction」:強烈な緊迫感を放つリズム隊と哀愁漂うギターがスリリング。摩擦というタイトルにふさわしい不穏さがたまりません。
詩人トム・ヴァーレインの文学的才能
フロントマンのトム・ヴァーレインは、もともと詩人を目指していました。彼の芸名「ヴァーレイン」も、19世紀フランスの象徴派詩人ポール・ヴェルレーヌに由来しています。
彼の歌詞は具体的な物語ではなく、都会の孤独や幻想、内面の葛藤を抽象的な言葉で表現しています。彼のヴォーカルは、「しゃがれたハイトーン・ボイス」や「ヘロヘロ」と表現されることもあります。でも、そのどこか頼りない歌声が逆に彼らが作り出す強烈なギターの緊張感を和らげ、絶妙なバランスを生んでいるのです。
「Marquee Moon」の歌詞には、看板のように煌めく月明かり(Marquee Moon)の下で、現実と幻想が交錯する都会の夜の情景が描かれます。トムの言葉は「雰囲気を伝え、歌の意味を暗に示す」ために、言葉遊びや二重の意味を多用しているのです。
芸術と反骨精神の深層
テレヴィジョンを深く知りたいなら、彼らが生まれたニューヨークの時代背景とトム・ヴァーレインの徹底した芸術的こだわり、そして彼らの「パンク」への複雑な立ち位置を理解する必要があります。彼らがなぜあれほどまでに後世のミュージシャンたちに影響を与えたのか、その真髄に迫りましょう。
ニューヨーク・パンクの特殊性とCBGB伝説
テレヴィジョンが活動を開始した1970年代中頃のニューヨークは、財政危機と犯罪の多発により「フィアー・シティ(Fear City)」と呼ばれていました。そんな混沌とした状況の中、家賃が安くなったロウアー・イースト・サイドに詩人や芸術家が集まり、新たな音楽シーンが生まれます。
CBGB (Country, BlueGrass, Blues & Other Music for Uplifting Gormandizers) は、オーナーのヒリー・クリスタルがバンドにオリジナル曲の演奏を許可したことで、このシーンの「インキュベーター(孵卵器)」となりました。
CBGBは暗くて、薄汚くて、汗臭かった。ロウアー・イースト・サイドの、飲んだくれや浮浪者がたむろする街の縮図だった。
テレヴィジョンは、CBGBで最初にコンサートを行ったバンドの一つです。彼らは自らステージを設営し、この場所を新しい音楽の「聖地」へと変えていきました。
Q&A:テレヴィジョンはなぜパンクと言われるのか?
彼らのサウンドはパンクのステレオタイプとはかけ離れていますが、紛れもなくニューヨーク・パンク創始者の一員です。
Q: テレヴィジョンは自分たちをパンクだと認識していたの?
A: トム・ヴァーレイン自身は、自分たちはパンク・グループではないと考えていました。彼は自分たちの音楽を、「アートパンク」「ポストパンク」と呼ぶ傾向にあった同時代の評論家たちの分類にも関わらず、形式や技術的な能力を備えた「ロックレコード」と見なされるべきだと主張しました。彼の音楽のインテンシティ(激しさ、集中度)は、衝動的なものではなかったのです。
Q: なぜパンクの文脈で語られ続けるの?
A: ひとつは、彼らがCBGBというパンクの聖地で活動し、ラモーンズやパティ・スミスらと共にシーンを築いたという歴史的事実です。もう一つは、彼らが既存の肥大化したロック界(ピンク・フロイド、ムーディー・ブルースなど)への「反動」として、シンプルで基本的なロックンロールへ回帰しようとするプロトパンクの美学(DIY精神、反体制的な姿勢)を体現していたからです。
トム・ヴァーレインの徹底した芸術的こだわり
トム・ヴァーレイン(本名トーマス・ミラー)は、高校時代から友人だったリチャード・ヘル(本名リチャード・マイヤーズ)と共に、詩人としてニューヨークへ出てきました。彼の芸術的才能は、音楽活動にも深く影響を与えています。
ギター・プレイの秘密:ブルースからの脱却
トム・ヴァーレインのギターは、1970年代の主流であった「太くウォームな音色でブルージーなソロ」とは一線を画していました。彼のスタイルは、ブルースやR&Bといったルーツ・ミュージックからの影響をほとんど感じさせません。
ギターの音色がひどいと、歌う気になれないんだ。ギターの音がクリーンで美しく響くことが、俺の音楽の土台なのさ。
彼は自分のギターがアンサンブルにどう馴染むかに心血を注ぎ、「全体をひとつの巨大な曲だとみなし、そこからパーツを取り出せば、楽曲に仕上げることができるだろう」と考えていました。
彼は幼少期に傾倒したジョン・コルトレーンやアルバート・アイラーといったフリー・ジャズから、大きな影響を受けました。彼のフレーズは、ホーンによるインプロヴィゼーションをギターに落とし込んだようにも聴こえます。
「彼の無骨で倒錯した情熱が籠もったリードギターは、千羽の青い鳥が一斉に叫んでいるようだった」 パティ・スミス(1974年)
彼のソロは通常のスケールに縛られず、予測不能な音使いと、プレイヤーの「呼吸」を感じさせる独特の間合いが特徴です。特に「Marquee Moon」のロングソロではコード進行に頼らず、ミクソリディアン・モードやダイアトニック・スケールを基調としたフレージングで、徐々に緊張感を高めていくダイナミクスは圧巻です。
名曲はワンテイクで生まれた
テレヴィジョンの楽曲は、デビューアルバム『Marquee Moon』に収録されるまでに、CBGBでのライブを通じて3年もの間、綿密にリハーサルされ練り上げられていました。トムは、「何かがひらめくまでプレイし続けるんだ」と語っています。
彼らはアイランド・レコードからのオファーを蹴り、ブライアン・イーノがプロデュースしたデモ音源も「冷たすぎる」という理由で拒否しました。トム・ヴァーレインは、自分のヴィジョンを妥協しない完璧主義者だったのです。
タイトル曲「Marquee Moon」はその全10分超の長さにもかかわらず、たったワンテイクで録音された。ドラマーのビリー・フィッカはそれをリハーサルだと思っていたそうだ。
エンジニアとして参加したアンディ・ジョンズ(ローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリンを手掛けた)は、トムのこだわりとスタジオの設備に当初は戸惑いを隠せなかったという。
トムの狙いはスタジオでの「トリック」やエフェクトではなく、バンドがライブで出す「そのままの音」を、最高の音質で捉えることでした。この結果、彼らのデビュー作は時代を超越した「タイムレスな」サウンドとして、今も輝き続けているのです。
リチャード・ヘルの「空白の世代」とパンクの起源
バンドの初期メンバーでベーシストだったリチャード・ヘルは、1975年にトム・ヴァーレインとの激しい対立の末、バンドを脱退しました。トムはヘルの「粗末なベース演奏や、リハーサルへの無関心、快楽主義的なライブでのアプローチ」が、自身の求める「クリスタル・クリアで甘いギター組曲」を妨げると感じていたのです。
「俺は『Blank Generation(空白の世代)』に属している。毎回それを受け入れることも、捨てることもできる」 リチャード・ヘル
彼の代名詞となったこのニヒリズム(虚無主義)の表現は、パンクの象徴となりました。
ヘルの最大の功績の一つは、音楽性だけでなくそのファッションです。彼はロウアー・イースト・サイドのスラムでの生活を反映させつつも、それを注意深く構築しました。
彼は髪を尖らせ(スパイクヘア)、服を破り、安全ピンを機能的な手段として、またファッション・アクセサリーとして使用した。
セックス・ピストルズのマネージャー、マルコム・マクラーレンはニューヨーク滞在中にリチャード・ヘルのファッションと曲に衝撃を受け、それをロンドンパンクのスタイルに持ち帰った。
ヴァーレインの知的で完璧主義的な芸術観に対し、ヘルはドラッグとニヒリズム、そして粗削りなパフォーマンスを体現していました。この初期のバンド内の「摩擦」こそが、ニューヨーク・パンクが孕んでいた創造的なエネルギーの源だったと言えるかもしれません。
トム・ヴァーレインの影響力
トム・ヴァーレインのギターはそのユニークさゆえに、多くの偉大なミュージシャンたちに影響を与えました。
U2のジ・エッジは、「トム・ヴァーレインを聴いて、タフな音楽の作り方を学んだ」と語り、『Marquee Moon』のタイトル曲がギターに対する考え方を変えたと述べている。彼はブルースの常套句を使わないヴァーレインのスタイルに感銘を受け、そのサウンドをエフェクトペダルで再現しようとした。
R.E.M.のマイケル・スタイプは、『Marquee Moon』への愛着はパティ・スミスの『Horses』に次ぐものだと述べている。
評論家ロブ・シェフィールドは、トム・ヴァーレインの震えるようなギターのトワンが、R.E.M.やジョイ・ディヴィジョンをインスパイアしたと指摘しています。ジョイ・ディヴィジョンのスティーヴン・モリスも、このアルバムをお気に入りだと挙げています。
テレヴィジョンを聴き尽くす
テレヴィジョンとトム・ヴァーレインの音楽は、短い活動期間にもかかわらず、驚くほど濃密な作品群を残しています。ここでは聴くべき名盤と、その魅力を支えた主要な演奏家を紹介します。
聴くべき名盤(3選)
『Marquee Moon(マーキー・ムーン)』 (1977年)
解説: デビュー作にして、ロック史における「ギター・アルバム」の金字塔です。長尺のタイトル曲を筆頭に、ツインギターが織りなす緻密でメロディアスなアンサンブル、そしてトム・ヴァーレインの詩的な世界観が爆発しています。ブルースの慣習から解き放たれた鋭角的なサウンドは、後のU2やR.E.M.、ソニック・ユースに計り知れない影響を与えました。
聴きどころ: タイトル曲「Marquee Moon」の後半の、止まらないギターの渦。まるで宇宙に吸い込まれるような感覚を覚えます。
『Adventure(アドヴェンチャー)』 (1978年)
解説: 前作の切迫感は薄れ、よりポップで洗練された楽曲が並びます。商業的には成功せず、短期間での解散につながりましたが、「Glory」「Days」「Foxhole」など、佳曲が揃う隠れた名盤です。トム・ヴァーレインのソロ活動の方向性を示唆する、内省的な美しさが感じられます。
聴きどころ: 「Foxhole」に見られる、前作の路線を継承した緊張感あふれるグルーヴ。
『The Blow-Up(ザ・ブロウ・アップ)』 (1982年)
解説: 1978年、解散直前にCBGBで録音されたブートレグ(海賊版)音源を、後にトム・ヴァーレインが公式リリースしたライブ盤です。スタジオ盤にはない、バンドの激しい演奏と、トム・ヴァーレインの「ヴァーレイン節」が炸裂するギター・ソロが堪能できます。ボブ・ディランの「Knockin’ on Heaven’s Door」のカバーは、哀願するようなトムの歌声とギターが、静と動の間で激しく揺れる名演です。
聴きどころ: ボブ・ディランの「Knockin’ on Heaven’s Door」のカバー。また、アルバム未収録曲「Little Johnny Jewel」のライブバージョンでは、トムのギターがコルトレーンの叫びのように空へ突き刺さるようです。
おすすめの演奏家(3人)
トム・ヴァーレイン (Tom Verlaine / Vo, Gt)
テレヴィジョンの「頭脳」であり、孤高の完璧主義者。フランスの象徴派詩人から名を借りた彼の音楽は、ジャズの即興性、詩の叙情性、そしてニューヨークのクールな緊張感をギターに注ぎ込みました。彼の「引きつったような音色のギター」は、他の誰にも真似できないワン・アンド・オンリーな音色です。
リチャード・ロイド (Richard Lloyd / Gt)
トム・ヴァーレインの「対照的な相棒」。ロックンロールに強いルーツを持ち、ブルースやジミ・ヘンドリックスから影響を受けました。彼の構築的で正確なソロは、トムの奔放な即興演奏と組み合わさることで、テレヴィジョンの唯一無二のサウンドを完成させました。
リチャード・ヘル (Richard Hell / 元 Ba, Vo)
初期のパンク・ファッションの「発明者」。裂けた服と安全ピンのルックは、マルコム・マクラーレンを通じてロンドンパンクのスタイルに決定的な影響を与えました。彼がバンドに残した「Blank Generation」のニヒリズムは、ニューヨーク・パンクの初期の精神を象徴しています。
輝き続けるギターの金字塔
テレヴィジョンが残した『Marquee Moon』は、商業的な成功を収めることはありませんでしたが、「ミュージシャンのためのミュージシャン」を生み出し続けた、真の金字塔です。
彼らはパンクの勃興期にいながら、その「速く、短く、粗い」というルールを軽々と飛び越え、知的で詩的なアートロックという独自の道を切り開きました。トム・ヴァーレインの「ブルースから解放された、尖りながらもメロディアスなギター」は、U2のジ・エッジやR.E.M.のマイケル・スタイプ、ソニック・ユースのサーストン・ムーアら、多くの次世代の才能に衝撃を与え、今日のオルタナティブ・ロックの基盤を築きました。
トム・ヴァーレインは2023年に亡くなりましたが、彼の音楽は今も全く古びていません。むしろ、彼の完璧主義とジャンルや流行に流されない孤高の姿勢は、情報が溢れる現代においてこそ、より鮮烈に響くのではないでしょうか。
最後に、もう一度、彼の言葉を思い出しましょう。
俺はただのミュージシャンじゃない。このギターネックのここからここまで行くのに、いくつもの未知の通り道があるんだ。
さあ、彼の音楽を聴き、あなたがまだ知らない「未知の通り道」を見つける旅を始めてみませんか。このブログがあなたの「アドヴェンチャー(Adventure)」のきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。彼のギターが導くその先の世界へ、あなたの心を解き放ってみてください。
まずは『Marquee Moon』を聴いて、トム・ヴァーレインとリチャード・ロイドのツインギターが織りなすヒリヒリとした緊張感を体験してみてください。きっと、あなたが今まで感じたことのない「ロックの新しい呼吸」を感じられるはずです。


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