【孤高の吟遊詩人】アル・スチュワートの世界:歴史と愛を詩で綴る名曲の旅路

洋楽

あなたの知らない「もう一人のスチュワート」の物語

AORの時代に、あの物憂げで美しいメロディを聴いたとき、心が震えたのを覚えていますか」。

もしあなたが『Year of the Cat』や『Time Passages』というタイトルに聞き覚えがあるなら、あなたはもう、その叙情的な世界観の入り口に立っています。一方で、もしあなたがアル・スチュワートという名前を初めて聞いたとしても、心配はいりません。彼は世界中の音楽ファンに、「孤高の吟遊詩人」、「英国フォーク・ロックの生き証人」として、ひっそりと、しかし深く愛され続けている稀有なアーティストだからです。

本記事ではスコットランド生まれのシンガーソングライター、アル・スチュワート(Alastair Ian Stewart、1945年生まれ)の50年以上にわたるキャリアを、初めて聴く方には彼の魅力がすぐに伝わるよう、そして愛好家の方には「知られざるエピソード」や「深い創作の意図」に触れていただけるよう、丁寧に紐解いていきます。

この記事を読み終える頃には、あなたは彼の音楽が持つ「歴史という名の旅」のチケットを手に入れ、日常を忘れてしまうかもしれません。親しみやすいヒット曲から思索的な歴史大作まで、アル・スチュワートの創り出した「アコースティック・シネマ」の世界へ、さあ、一緒に旅立ちましょう。

アル・スチュワートの世界への3つの入り口

アル・スチュワートの音楽キャリアは1966年から始まっていますが、彼が世界的な成功を収めたのはアラン・パーソンズとタッグを組んだ、1970年代中盤以降です。

まずは彼の名を一躍世界に知らしめた、聴くべき2大名曲から彼の音楽の輪郭を掴みましょう。

彼の名を象徴する2大名曲

まずはこれ!アル・スチュワートの代表曲

Year of the Cat (1976)

特徴: 叙情的で哀愁漂うピアノのイントロが非常に印象的です。ボギー映画(『カサブランカ』)を思わせるミステリアスな歌詞とサックスの官能的な響きが、聴く者を異国の夜へと連れ出します。全米シングルチャートで最高8位を記録し、彼のキャリア最大のブレイクスルーとなりました。 
聴きどころ: イントロのピアノリフ、中盤のフィル・ケンジーによるサックス・ソロ、カサブランカやピーター・ローレといった映画的描写が織りなす幻想的な世界。

Time Passages (1978)

特徴: 前作の成功を引き継ぎ、より洗練されたAOR/ソフトロック路線を確立しました。この曲は全米ポップチャートで7位を獲得し、アダルト・コンテンポラリー・チャートではなんと10週連続1位という大ヒットを記録しています。
聴きどころ: 時の経過という普遍的なテーマを、メロディアスで優しい歌声で綴るミディアムテンポなナンバー。優しく語りかけるような彼の歌声に、心が安らぎます

歴史吟遊詩人という特別なジャンル

彼の音楽は単なるフォークやポップに留まりません。アル・スチュワートの最もユニークな点は、歴史上の事件や人物を題材にした「歴史フォーク・ロック」という独自のスタイルを確立したことです。

彼は「愛の歌ばかり歌うのをやめた」と語っています。代わりに世界地図や歴史書を開き、他の誰も歌わないようなテーマを徹底的に掘り下げていきました。彼の音楽は聴き手をまるで「音で描く映画(Aural Cinema)」のように、過去の特定の瞬間に連れて行ってくれるのです。

アル・スチュワートの音楽を3つのキーワードで理解する

キーワード 概要 おすすめ(アルバム)
歴史的物語 (Historical Narrative) 第一次世界大戦のパイロットやメアリー・セレスト号の謎など、歴史上の出来事を題材とします。 Roads to Moscow (Past, Present & Future)
緻密なアレンジ (Sophisticated Arrangement) プロデューサーのアラン・パーソンズによる、フォーク、ジャズ、プログレ、ポップを融合させた豪華で洗練されたサウンドが魅力です。 Year of the Cat (Year of the Cat)
詩的な歌詞 (Poetic Lyrics) 美しく知的な言葉遣いで、聴き手の想像力を掻き立てます。「ベイビー」や「愛してる」といった定型的なフレーズを嫌うのが彼のこだわりです。 Time Passages (Time Passages)

おすすめの聴き方

彼の音楽は日常の喧騒から離れた時間に聴くと、その深みが倍増します。

アル・スチュワートの世界に浸るためのステップ

静かな環境を選ぶ
彼の音楽は細部まで緻密に作り込まれています。夜、あるいは休日の午後、じっくりと腰を据えてヘッドホンで聴くのが一番です。
まず「Year of the Cat」を聴く
イントロから約7分間, 摩訶不思議な世界観を体験してください。この曲のミステリアスな空気感に、きっとあなたは心を奪われます
次に「Roads to Moscow」を聴く
彼の真骨頂である「歴史への情熱」を感じてみましょう。叙事詩的なスケール感に驚かされるはずです。

知られざる交友と創作の深層

アル・スチュワートに魅力を感じた方は、次に彼のキャリアの裏側や、類まれな才能を支えた背景を探ってみましょう。

音楽史に残る「伝説のフラットメイト」とデビュー前の逸話

アル・スチュワートのキャリア初期は、後の音楽界の巨匠たちとの交流で満ちています。

ポール・サイモンとの奇妙な共同生活

「ポール・サイモンと同じアパートに住んでいたというのは有名な話だよね。彼が名曲『Homeward Bound/早く家に帰りたい』を書いていたとき、隣の部屋で言葉を探しているのを壁越しに聞いていたんだ」
「ポールは曲が完成すると、誰かに聴かせたいという基本的な欲求で、たいてい僕のところにやって来た。彼は『Homeward Bound』を演奏してくれたけど、僕は『Richard Cory』の方がヒットするよ!昨日書いたやつは捨ててしまえ』って言ったんだ。彼はきっとうんざりしていたに違いないね(笑)」
                 — アル・スチュワート (Paul Simonとの交流より)

アルは1965年にロンドンに出てきて、フォーククラブ「レ・カズンズ」の司会を務めながら、ポール・サイモン(そしてアート・ガーファンクルも)と同じアパートで生活していました。この時期の交流が後のキャリアに大きな影響を与えているのは、想像に難くありません。

ジミー・ペイジとの「ニアミス」

「僕のデビュー・シングル『ジ・エルフ』のB面曲『Turn Into Earth』でギターを弾いているのは、なんとジミー・ペイジなんだ。セッションの合間に、彼が言ったんだ。『セッション・ミュージシャンをやめてバンドを組もうと思ってるんだ。ベーシストを探しているんだが』って。僕は『ベースを弾くのがどれだけ難しいんだ?』って聞くべきだったね。そのバンドこそが、レッド・ツェッペリンだったんだから!もし度胸があれば僕のキャリアは、全く違うものになっていたかもしれないね(笑)」
             — アル・スチュワート (ジミー・ペイジとのエピソードより)

ペイジはその後も、アルのセカンド・アルバム『ラヴ・クロニクルズ』や『ゼロ・シー・フライズ』にも参加しています。アルはペイジにギターのオープンDチューニングを教え、ペイジはアルにオクターブやハーモニクスを教えたという、微笑ましい交換もあったそうです。

歴史という名の文学:作詞哲学の秘密

アル・スチュワートの作詞スタイルは、彼を同時代のシンガーソングライターから明確に差別化しています。彼は自身の作詞を「映画」あるいは「オーラル・シネマ」と表現し、聴き手に映像を「見せる」ことを目指しています。

専門家が語る作詞術の真髄(Q&A形式)

Q. なぜ他の人が書かないテーマを選ぶのですか?

「基本的にすべての歌の90%は、『ベイビー、愛してる』か『ベイビー、ひどいことしたね』のどちらかだ。もし誰も書いていないことを書けば、たとえば『Roads To Moscow』や『On The Border』のような曲が生まれる。そうすれば、誰にも似ていないサウンドになるだろう。常に新鮮でオリジナルに聞こえるんだ。だから僕はそれをやっているし、うまくいっていると思う」 — アル・スチュワート

Q. 歌詞に込める言葉選びのルールはありますか?

「私の二つの小さなルールと指導原則はこうだ。(a)他の人が使わない言葉を使うこと。例えば、『プテロダクティル(翼竜)』という言葉を歌に入れる人はほとんどいない。だから『Oh』や『Baby』、『I miss you so』は使わない。(b)他の誰も書かないテーマについて書くこと」 — アル・スチュワート

Q. 彼の代表的な歴史ソングにはどんな背景がありますか?

『Roads to Moscow』(1973):第二次世界大戦におけるドイツ軍のソ連侵攻(バルバロッサ作戦)を題材にしつつ、アレクサンドル・ソルジェニーツィンの小説『イワン・デニーソヴィチの一日』から、帰還したソ連兵が収容所に送られるという悲劇的な結末(デヌーマン)を描いています。この曲を作るために、彼は4年間ロシアの歴史を読み込んだといいます。

『Life In Dark Water』(1978):1872年に大西洋で発見された、乗組員が忽然と消えた幽霊船メアリー・セレスト号の謎について歌った歌です。彼は「海底で50年間潜水艦に閉じ込められていることについて歌う人はいないだろう」と考え、このテーマを選びました。

アラン・パーソンズの魔法:英国フォークからAORへの進化

アル・スチュワートのキャリアの成功は、プロデューサーのアラン・パーソンズとの出会いなくして語れません。

フォークからの脱却
パーソンズとの最初の仕事は1975年の『モダン・タイムズ』。それまで地味なフォークシンガーと見られていたアルを、豊かで重層的なサウンドで包み込み、全米30位へと押し上げました。

「Year of the Cat」の変貌
アルは元々『Year of the Cat』のタイトル曲にギターソロを入れるつもりでしたが、パーソンズは「またギターソロか?」と感じたのか、サックス・ソロを提案しました。アルは当初、「フォーク・ロックの楽器ではない」と戸惑いましたが、フィル・ケンジーが奏でた素晴らしいソロを聴いて、自分の考えを改めました。このサックスが同曲のミステリアスで官能的な魅力を決定づけ、世界的な大ヒットにつながったのです。

「(『Year of the Cat』の)制作を終えたとき、私はこう思った。『これがヒットしないなら、ヒット作を作ることはできない』と。私たちはついに、正確に正しい公式を導き出すことができたんだ」。 — アル・スチュワート

名盤・演奏家紹介パート:聴くべき傑作アルバムと重要人物

アル・スチュワートの音楽は、時代によってフォークからソフトロック、AORへと姿を変えてきました。ここでは、彼の魅力を多角的に捉えるための名盤と、彼のサウンドを支えた重要な演奏家を紹介します。

厳選!聴くべき名盤4選

Year of the Cat (1976)

アル・スチュワートの商業的ピークにして最高傑作。アラン・パーソンズのプロデュースによる緻密で豪華なアレンジは、AORやプログレッシブ・ポップの傑作として高く評価されています。タイトル曲のほか、『On the Border (スペインの国境で)』や『Lord Grenville (ロード・グレンヴィル)』といった歴史的物語の要素も含まれています。

哀愁とミステリアスな雰囲気が支配する、英国らしいウェットなAORサウンド。彼の音楽的魅力と商業的成功が奇跡的に一致した一枚です。

Time Passages (1978)

『Year of the Cat』に続くプラチナ・ディスク獲得作。タイトル曲がアダルト・コンテンポラリー・チャートで大成功を収め、アメリカでの地位を確固たるものにしました。ジェフ・ポーカロアンブロージアのメンバーなど、豪華なセッションミュージシャンが参加しています。

よりソフトでメロディアスなポップ路線に接近。時の流れという普遍的なテーマを扱った思索的な歌詞も健在です。

Past, Present & Future (1973)

アル・スチュワート自身が「見習い期間を終えた論文」と位置づけた、歴史テーマへの転換点となった重要作。全曲が20世紀の出来事を題材としており、『Roads to Moscow』や『Nostradamus (ノストラダムス)』といった大作が収録されています。リック・ウェイクマンがピアノで参加しています。

叙事詩的なスケールを持ち、彼の「歴史吟遊詩人」としての才能が爆発した傑作です。彼の初期のフォーク色を残しつつ、後のドラマティックな作風への道筋をつけています。

Modern Times (1975)

アラン・パーソンズが初めてプロデュースを手掛けた記念碑的な作品。叙情的なフォーク・ロックにポップな要素が加わり、アメリカで初めてチャートイン(30位)を果たしました。ティム・レンウィックの流麗なギター・ソロが光る『Carol (キャロル)』など、聴き応えのある名曲が揃っています。

ポップ化への第一歩を踏み出したものの、次作ほど洗練されすぎていない、フォーク・ロックの泥臭さとポップさのバランスが絶妙な時期の傑作です。邦題は『追憶の館』。

アル・スチュワートを支えた重要人物5人

アル・スチュワート・サウンドの立役者たち

アラン・パーソンズ (Alan Parsons) – プロデューサー / エンジニア
彼の商業的成功(『Modern Times』から『Time Passages』まで)を導いた立役者。元ビートルズやピンク・フロイドのエンジニアであり、アルの繊細な曲作りを豪華で壮大なサウンドへと昇華させました。
ピーター・ホワイト (Peter White) – ギタリスト / 共作者
彼のバンドの片腕として長く活躍。『Time Passages』を共作し、『Year of the Cat』の象徴的なピアノリフ(原曲)を見つけた人物です。後にスムース・ジャズの世界で名を馳せます。
ティム・レンウィック (Tim Renwick) – ギタリスト
1970年代中盤の傑作群で活躍したギタリスト。流麗でメロディアスなギター・ソロ(特に『Carol』や『Year of the Cat』)が、アルの叙情的なメロディに見事に絡みつきました。
ジミー・ペイジ (Jimmy Page) – 初期セッション・ギタリスト
レッド・ツェッペリン結成前のセッション・ミュージシャン時代に、アルの初期のシングルやアルバムに参加しています。大物になる前の交流があったという事実は、ファンにはたまらないエピソードです
デイヴ・ナックマノフ (Dave Nachmanoff) – ギタリスト / ライヴパートナー
ピーター・ホワイトの後任として、2000年代以降のアルのライヴ活動を支える重要なパートナー。アコースティックな編成でのツアー(ライブ盤『Uncorked』)で、アルの原点回帰を助けました。

時代を超えて響く物語の力

アル・スチュワートは自らの私小説的な経験(初期)から、世界史という壮大なキャンバス(中期)へとテーマを広げた、他に類を見ない「歴史の語り部」です。彼の音楽的成功は、ポール・サイモンやジミー・ペイジといった巨星たちとの交友や、アラン・パーソンズという名プロデューサーとの出会いによってもたらされましたが、その根底には「他の誰も歌わないことを歌う」という彼の揺るぎない信念がありました。

彼の音楽を聴くことは単にメロディを楽しむだけでなく、数十年、数百年の時を超えたドラマを追体験する「時空の旅」そのものです。特に彼の叙事詩的な名曲は、一度聴けばまるで歴史の授業を受けているかのように、あなたの記憶に深く刻み込まれるでしょう。

「ロッド・スチュワート」と間違えられてしまうこともあった彼の音楽ですが、その孤高のスタイルは流行に流されることなく、今もなお世界中の忠実なファンベースに愛され続けています。

さあ、彼の名曲『Year of the Cat』や『Time Passages』のレコードをターンテーブルに乗せて、あなた自身の「アコースティック・シネマ」を始めてみませんか。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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