朝比奈隆が追求したブルックナーの「真実」:交響曲第7番を通して知るハース版の深遠と奇跡の名盤

クラシック音楽

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あなたはアントン・ブルックナー(Anton Bruckner, 1824-1896)という作曲家に対して、どんなイメージをお持ちでしょうか? 「曲が長くて難解」、「なんだか重々しくて取っつきにくい」――そう感じている方が少なくないかもしれません。もしあなたがそう感じているなら、それはまだブルックナーの最も親しみやすい一面に、出会えていないだけかもしれません。

この記事では、ブルックナーの数ある交響曲の中でも最も親しみやすく、入門に最適な傑作である交響曲第7番 ホ長調にスポットを当て、日本が誇る巨匠指揮者、朝比奈隆(あさひな たかし, 1908-2001)による伝説的な演奏を通して、その計り知れない魅力を探ります。

特に1975年にブルックナーの聖地「聖フローリアン修道院で行われた朝比奈隆と大阪フィルハーモニー交響楽団によるライブ録音は、「奇跡の名演」として今なお語り継がれています。

この記事を読むことで、ブルックナーを「美しい」、「感動的」と感じるための聴き方のコツと、彼が初めて成功を収めた名曲の背景にある物語が理解できるでしょう。愛好家の方々には朝比奈隆が支持したハース版の魅力と、聖フローリアン・ライブがなぜ他の演奏と一線を画すのか、その技術的・精神的な深層に触れることができます。

さあ、私たち日本のブルックナー受容の歴史に深く刻まれた、朝比奈隆のブルックナー交響曲第7番の「宇宙」へと、一緒に旅立ちましょう。

  1. ブルックナー第7番の「やさしい」世界
    1. ブルックナーの成功を予言した「夢のテーマ」
    2. 聴きどころ:ワーグナーへの葬送音楽とワーグナー・チューバ
  2. 朝比奈隆とブルックナー第7番の深層
    1. 朝比奈隆はなぜハース版にこだわったのか?
      1. 第2楽章アダージョ:シンバルは「妥協」か「最終判断」か
  3. 朝比奈隆と大阪フィルによる聖フローリアン・ライブ(1975年)
    1. 演奏の背景と意義
    2. 演奏の特徴:「奇跡の演奏」たる所以
      1. 残響がもたらした「夢のような響き」
      2. 極端に遅いテンポ
      3. ハース版の使用とノヴァーク教授の絶賛
      4. 「神の恩寵」とされる偶然の奇跡
    3. 録音のリリースと評価
    4. 演奏面での課題と精神的な価値
  4. 聴くべき名盤・おすすめの演奏家5選
    1. オイゲン・ヨッフム(Eugen Jochum)指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 録音:1986年9月17日(ライヴ, 昭和女子大学人見記念講堂)
    2. ギュンター・ヴァント(Günter Wand)指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1999年11月19日-21日(ライヴ, ベルリン・フィルハーモニー)
    3. ロヴロ・フォン・マタチッチ(Lovro von Matačić)指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1967年3月(プラハ・ルドルフィヌム)
    4.  ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan)指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1989年4月(ライヴ, ウィーン・ムジークフェライン)
    5. ヘルベルト・ブロムシュテット(Herbert Blomstedt)指揮シュターツカペレ・ドレスデン(Staatskapelle Dresden) 1980年(セッション, ドレスデン・ルカ教会)
    6. <その他注目すべき名盤>
  5. 日本の受容とメディアの影響
    1. 評論家が語る「朝比奈節」がブルックナー受容に与えた影響
  6. ブルックナーの「宇宙」への招待状

ブルックナー第7番の「やさしい」世界

ブルックナーの交響曲第7番は「三大交響曲」(第7, 8, 9番)の最初の一曲でありながら、第4番『ロマンティック』と並び、彼の作品の中では最も人気が高く、親しみやすいとされています。
それはこの曲が、「長大でありながらも、聴き手の感性に訴えかける美しい旋律と、壮大な物語」に満ちているからです。

ブルックナーの成功を予言した「夢のテーマ」

交響曲第7番はブルックナーが57歳という遅咲きの時期、1881年9月から作曲が開始されました。
この曲の冒頭を飾る、チェロとヴィオラによって静かに奏でられる伸びやかで荘厳な主題には、有名なエピソードが残されています。

ある晩、ブルックナーは夢を見ました。10年ほど前に亡くなった友人、イグナーツ・ドルンが現れ、「アントン(ブルックナー)、これから私が吹く口笛を覚えておいてくれ。このテーマで作曲すれば、君はきっと成功をつかめるよ」と告げたのです。ブルックナーは飛び起きて、そのテーマを急いで書き留めました。

1884年12月30日の初演は、ブルックナーの交響曲としては初めての大成功を収めます。文字通り夢のテーマは、成功を予言したのです。

聴きどころ:ワーグナーへの葬送音楽とワーグナー・チューバ

第7番の最も感動的な聴きどころは、第2楽章「アダージョ:非常に荘厳に、そして非常にゆっくりと」です。

この楽章の作曲中、ブルックナーは彼が最も敬愛するリヒャルト・ワーグナーが危篤であることを知ります。1883年2月13日にワーグナーが死去すると、ブルックナーは深い悲しみの中で、楽章のコーダ(終結部)をワーグナーのための「葬送音楽」として書き加えました。

ここで初めて、ワーグナーが『ニーベルングの指環』のために考案した「ワーグナー・チューバ」が使用されています。このワーグナー・チューバが奏でる厳粛な響きは、深い哀悼の意を込めた、清らかで神聖な雰囲気を持っています。

朝比奈隆とブルックナー第7番の深層

朝比奈隆は亡くなるまで半世紀以上にわたり、大阪フィルハーモニー交響楽団(大フィル)を率いた日本クラシック界の巨匠です。彼はブルックナーの交響曲を197回指揮し、その活動は日本におけるブルックナー受容の歴史そのものに、大きな影響を与えました。

愛好家として彼のブルックナーを深く掘り下げると、単なる演奏技術を超えた彼の信念と「奇跡」に満ちた物語が見えてきます。

朝比奈隆はなぜハース版にこだわったのか?

ブルックナーの交響曲を聴く上で避けて通れないのが「版の問題」です。ブルックナーの作品には、作曲者自身の改訂や弟子による改変が原因で、複数の楽譜(版)が存在します。

ブルックナーの作品の「原典版」として有名なのが、ローベルト・ハース(Robert Haas)レオポルト・ノヴァーク(Leopold Nowak)の2種類です。

朝比奈隆は第7番を含め、基本的にハース版の信奉者でした

ハース版は、ブルックナーが弟子や周囲の意見に振り回される前の「真に追求していた最終形」を求めるという校訂方針に基づいており、ノヴァーク版よりも音楽的に優れていると支持する指揮者も多いのです。

第2楽章アダージョ:シンバルは「妥協」か「最終判断」か

この版の違いが最も顕著に表れるのが、第2楽章クライマックス(177小節)での打楽器(シンバル、トライアングル、ティンパニ)の扱いです。

ハース版(朝比奈隆が支持):打楽器を使用しない。クライマックスに打楽器を書き加えた紙片に「Gilt nicht(無効)」とあったため、ブルックナー自身の意志ではないとして採用しなかった。
ノヴァーク版:打楽器を使用する。ノヴァークは「Gilt nicht」の筆跡がブルックナーのものではないと判断し、打楽器の追加を最終的な意図と判断した。

朝比奈隆はハース版を採用し、この部分でシンバルを鳴らさない、より瞑想的で内省的なブルックナー像を提示しました。これは聴衆への「妥協」を排除し、ブルックナー本来の意図を尊重しようとする朝比奈の信念が反映されたものです。

朝比奈隆と大阪フィルによる聖フローリアン・ライブ(1975年)

朝比奈隆と大阪フィルハーモニー交響楽団が、1975年10月12日にオーストリアのリンツにあるザンクト・フローリアン修道院マルモアザール(大理石の間)で行った同曲のライブ録音は、「伝説的ライブ」として今なお語り継がれる特別な演奏記録です。

演奏の背景と意義

ブルックナーの聖地での奉納演奏: この修道院はブルックナーが生涯にわたり深い関わりを持ち、死後その地下墓所に埋葬されている、ファンにとっての聖地です。大フィルがヨーロッパ・ツアーを行った際に、ブルックナーへの取り組みの成果を地下に眠る作曲者に捧げるべく行われました。
初の奉納演奏: この朝比奈隆のコンサートが、聖フローリアン教会でブルックナーの交響曲が演奏された世界最初の記録であるようです。この成功を受け、以後、同地での奉納演奏が定着し、カラヤンやブーレーズなどが登場することになったと言われます。
困難を乗り越えての実現: 当時、大フィルにとって初のヨーロッパ公演であり、第一次オイルショック後の不景気の中で関西財界が難色を示すなど、楽旅の実現が危ぶまれました。しかし演奏会で聴衆から広く寄付を募るなどして、何とか資金を捻出できたそうです。

演奏の特徴:「奇跡の演奏」たる所以

この日の演奏は単なる名演を超えた、「奇跡」「神格化」された出来事として語られています。

残響がもたらした「夢のような響き」

修道院のホールは残響が非常に長く(約7秒とも言われる)、この残響が演奏に作用した「ザンクト・フローリアン効果」と呼ばれる特異な例とされています。
通常の長い残響では音が混濁する危険があるため、朝比奈は残響を考慮し、意識的にテンポを落とし金管を抑え気味にした結果、極めてゆったりとした演奏になりました。
その結果、大フィルが普段とは「別次元」と言っていいほど清澄でつややかな、夢のような響きを生み出し、「音楽の神が降臨した」かのようだと評されています。
弦楽器のユニゾンは、天井の高い教会の中で柔らかく長い残響を与えられ、聴いたことのない繊細さと美しさで、優しく聴衆へ「降り注いで」くるようだったと伝えられています。

極端に遅いテンポ

この演奏は朝比奈の他の録音と比べてもかなりスタイルを異にし、テンポが非常に遅いことが特徴です。
テンポが著しく遅くなったのは、残響が長く譜面が混濁しないよう、指揮者が「次の一音を鳴らそうと一次反射の到達を待っている」ようにさえ聴こえます。
大フィルの団員も練習中、ゲネラルパウゼ(一斉休止)のところで響きが長く残るのを聴いて、このパウゼの意味を知ったそうです。

ハース版の使用とノヴァーク教授の絶賛

この演奏では、朝比奈隆が信奉していたハース版(ハース校訂版)が使用されました。
当日、ノヴァーク版の校訂者であるレオポルト・ノヴァーク教授が聴衆として臨席しており、終演後に朝比奈を訪れました。
ノヴァーク教授は朝比奈がノヴァーク版を使わなかったことを詫びた際、「すばらしい演奏のまえには版の問題は関係ない」という名言を残し、演奏を絶賛したというエピソードが有名です。

「神の恩寵」とされる偶然の奇跡

第2楽章(アダージョ)が終わった直後、遠くから5時の修道院の鐘の音が、奇跡的なタイミングで聞こえてきました。
宇野功芳氏がこの鐘の音を「神の恩寵(おんちょう)」と称したこともあり、この録音を象徴する出来事の一つとなりました。

なっとくガエル
なっとくガエル

朝比奈は、この鐘の音が鳴り終わるのを待ってから第3楽章のタクトを振り下ろしたと伝えられています。
第1楽章の演奏後、そのあまりのスケール感に打たれた聴衆から、自然発生的に拍手が湧き上がった箇所も、完全収録盤では復活し収録されています。これは曲を知らないが故の事故的な拍手ではなく、演奏の迫真に打たれた感動的な拍手であったことが分かると評されています。終演後の感動を伝える拍手は6分間にわたって収録されている盤もあります。

録音のリリースと評価

このライブ録音は、朝比奈隆の「代表盤」でありながら長らく入手困難な時期もありましたが、様々な形でリリースされてきました。

初出: 当初FMで放送された後、ジャンジャン(ディスク・ジャンジャン)の全集の特典盤として付いていました。
ビクター盤: その後、ビクターからLP2枚組で一般発売され、CD化(VDC-1214)されてから20年以上もカタログから落ちたことがないロングセラーとなります。ただし、ビクター盤では第1楽章後の拍手などがカットされていました。
Altus盤(アルトゥス盤): 録音者秘蔵のオリジナルマスターテープから新マスタリングを施し、初の完全収録で完全復活を遂げました。このAltus盤ではビクター盤でカットされた第1楽章演奏後の沈黙と拍手、小鳥の鳴き声、および第2楽章後の鐘の音が万全の状態で収録されています。
音質: ビクター盤は残響成分が多く、やわらかい音が印象的であるのに対し、Altus盤は厚みのある芯のある音で、印象が大きく異なるとされています。

演奏面での課題と精神的な価値

この演奏は「奇跡」として神格化される一方で、技術的な課題も指摘されています。

技術的な難点: 普段ドライなホールで演奏していた当時の大フィルが、長大な残響のある大聖堂で演奏したため、技術的にミスが多すぎる、音程が悪い、アンサンブルが第3楽章で大崩れ、ホルンの音を外しまくりといった難点が指摘されています。
指揮者・オケの技術: 評論家の中には日本のオーケストラは下手で、特に後半へたっているという批評を行った者もいました。
神々しい雰囲気による超越: しかし、この演奏は技術的な瑕疵を凌駕するほどの「神々しい雰囲気」「深い感動」に満ちており、朝比奈氏入魂の演奏として、ブルックナーファンにとっては唯一無二の存在となっています。

この聖フローリアン・ライブは、ブルックナーの「宇宙」「祈り」の世界を、ホール音響と偶然の奇跡が相まって極限まで表現した、日本のクラシック史における非常に重要なドキュメントなのです。

【参考:ブルックナーが眠る聖地】 ブルックナーは生涯にわたりこの聖フローリアン修道院の響きの中に浸っており、作曲においてもその響きを前提としていた可能性が示唆されています。そのためこの教会の響きには、ブルックナーの音楽をあるべき姿に作り出す「ザンクトフローリアン効果」があるとも言われます。

聴くべき名盤・おすすめの演奏家5選

朝比奈隆のブルックナー第7番を堪能したら、ぜひ他の巨匠たちの演奏にも耳を傾け、その解釈の違いを楽しんでみてください。ここでは朝比奈隆の演奏と、ブルックナー第7番の歴史を彩る名盤を5つご紹介します。

オイゲン・ヨッフム(Eugen Jochum)指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 録音:1986年9月17日(ライヴ, 昭和女子大学人見記念講堂)

【特徴】 ブルックナー指揮者の筆頭とされるヨッフムによる、最晩年の円熟の境地を示す記録です。ヨッフムは第7番の録音が多く残されていますが、特にこの来日時のライブ演奏は「心が洗われるような」名盤として知られています。

ヨッフムは晩年になり、以前の大きなテンポ変化を伴うスタイルから変化し、ゆったりと深く瞑想的な演奏になりました。
「彼岸の雰囲気」すら漂わせ、時間を忘れて音楽に浸れる特別な記録と評されています。
第1楽章は、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の清涼な弦の響きが特に印象的です。
第2楽章ではテンポを落とし、「さらにグッと深みが増し」、まるで教会で演奏しているかのような清らかさと自然美を感じさせます。
演奏内容、録音の音質ともに非常に素晴らしい記録です。映像もリリースされています。

ギュンター・ヴァント(Günter Wand)指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1999年11月19日-21日(ライヴ, ベルリン・フィルハーモニー)

【特徴】 朝比奈隆と同様にハース版の信奉者であったヴァントが、円熟した時期に世界最高のオーケストラの一つであるベルリン・フィルハーモニーを指揮したライブ録音です。

手兵である北ドイツ放送交響楽団(NDR響)との演奏も素晴らしいですが、このベルリン・フィル盤はオーケストラとしての機能性の高さが際立っています。
響きに透明感があり、録音された音質も良いため、解像度が高く優れています。
第1楽章の繊細なトレモロから始まる雰囲気は、実演に近い「空気感」を味わえます。
ヴァントの指揮は落ち着きがありながら緊張感が貫き、「神々しさ」を感じさせる演奏です。
深みや味わいオケのハイレベルな機能性優れた録音という三拍子揃ったディスクとして支持されています。

ロヴロ・フォン・マタチッチ(Lovro von Matačić)指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1967年3月(プラハ・ルドルフィヌム)

【特徴】 マタチッチの豪快で力強いブルックナーを堪能できる名盤です。ブルックナーの交響曲第7番の定番の一つとして、昔から人気が高い演奏です。

雄大なスケール感分厚いハーモニーが特徴的で、第1楽章は「美しさの限り」と評されます。
テンポを動かす(ワーグナー的)表現を用いながらもそれが自然に聴こえる点が、マタチッチが「生来のブルックナー指揮者」と呼ばれる所以です。
チェコ・フィルのコクのある味わい深い音色を活かした演奏で、神々しい雰囲気に満ちています。
第2楽章の終結部の葬送は「とても神々しい」音楽です。
1967年のアナログ録音ながら、音質は「とても良く」、pp(非常に弱く)から金管が咆哮するレベルまで、良好に録音されています。

 ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan)指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1989年4月(ライヴ, ウィーン・ムジークフェライン)

【特徴】 カラヤンが亡くなるわずか3か月前に行われた、「生涯最後の録音」となった第7番の演奏です。この演奏は他の指揮者とは方向性が根本的に異なりますが、カラヤン自身の「白鳥の歌」として評価されています。

カラヤンはブルックナーをロマン派音楽というより絶対音楽とみていて、スコアの読み込みに力を入れています。
オーケストラがウィーン・フィルであるため、艶やかな響きが引き出されており、「天上の音楽」のようだと評されます。
円熟の境地に達しつつも、根底に「厳しさのある音楽」が維持されており、それが壮麗さや天上の響きにつながります。
第1楽章からまるで教会にいるような雰囲気があり、第2楽章が特に美しい響きで印象的です。
この録音は、金管の強奏が騒々しいとされるベルリン・フィル盤とは異なり、力みのない美しい演奏であるため、アンチ・カラヤンのファンにも勧められることがあります。

ヘルベルト・ブロムシュテット(Herbert Blomstedt)指揮シュターツカペレ・ドレスデン(Staatskapelle Dresden) 1980年(セッション, ドレスデン・ルカ教会)

【特徴】 ブルックナーを初めて聴く人にも薦められる、定番中の定番とされる演奏です。響きの良さと「自然美」に溢れていることが最大の特徴です。

まさに「ドイツの深い森」のイメージにぴったりで、ブルックナー開始の弦のトレモロが生み出す響きが、朗々と歌う弦楽器やホルンによってロマンティックに表現されています。
暗さやシリアスさはあまりなく、自然美であってロマンティックであることがこの演奏の特徴です。
第1楽章は少し速めのテンポながら、ドレスデン・シュターツカペレの響きを最大限に活かしています。
第2楽章は「とても清涼」で遅すぎず、爽やかさすら感じられます。
このディスクは、曲の魅力を凝縮したような名盤と評価されています。

<その他注目すべき名盤>

ハンス・クナッパーツブッシュ:ケルン放送交響楽団(1963年ライヴ) – 遅いテンポの演奏で、「円熟した枯淡の境地」を感じさせ、朝比奈隆やヴァントに影響を与えたとされる歴史的名盤です。

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ:ザールブリュッケン放送交響楽団(1991年) – 評価の高いブルックナー交響曲全集録音の一部であり、彼の解釈は「孤高の境地」を示しています。

ヤニック・ネゼ=セガン:グラン・モントリオール・メトロポリタン管弦楽団(2006年) – 若い指揮者による「高い透明感と凛とした響き」、「細かく丁寧なテクスチャ」が魅力の新しい名盤です。

日本の受容とメディアの影響

朝比奈隆のブルックナーが、なぜこれほどまでに日本の聴衆の心に深く根付いたのか。その背景には、彼の活動と当時の日本のクラシック音楽の受容の特殊な関係性が見て取れます。

評論家が語る「朝比奈節」がブルックナー受容に与えた影響

朝比奈隆のブルックナーは、その「豪放磊落(ごうほうらいらく)な人柄」と、細かな瑕疵を凌駕する「巨大かつ偉大な存在」としての側面が、メディアを通じて日本中に広まりました。
彼の演奏は
「技術や技術的編成に完全に成功が求められるドイツ・オーストリアの交響楽」という側面を超え、指揮者自身の人生観や物語に触れるという、日本独特のブルックナー受容の形を生み出したのです。

この文脈からすれば、聖フローリアン・ライブで技術的ミスが散見されたにもかかわらず、「神の恩寵」という物語が加わったことで「神格化」されたのは、必然だったと言えるかもしれません。

ブルックナーの「宇宙」への招待状

アントン・ブルックナーの交響曲第7番は、その美しい旋律と壮大なスケールから、クラシック音楽初心者から愛好家まで、すべての人に開かれた傑作です。

朝比奈隆のブルックナーは技術的な完成度を超え、指揮者の信念、人生、そして奇跡の物語が詰まった、私たち日本人にとって特別な意味を持つ遺産です。特に聖フローリアン・ライブ(1975年)、そして最晩年の都響盤(2001年)は、彼のブルックナー芸術の二つの極を示す名盤と言えるでしょう。

この壮大な音楽が持つ「宇宙」のような広がりは、日々の喧騒を忘れさせ、私たちに深い感動と内省の時間を与えてくれます。

ぜひこの「奇跡のライブ」から、あなたのブルックナー探求の旅を始めてみてください。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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