- ジャズ・ベースの巨人が奏でる「沈黙の次に美しい音」
- デイヴ・ホランドってどんな人?
- ホランドのベースの魅力:アンサンブルを支える「職人の技」
- まずはこれを聴こう!:「Beautiful Love」
- さらに深く知るデイヴ・ホランド:ジャズ愛好家への挑戦状
- デイヴ・ホランドを聴くならこの3枚!必聴名盤ガイド
- デイヴ・ホランドはジャズの「羅針盤」
ジャズ・ベースの巨人が奏でる「沈黙の次に美しい音」
ジャズを聴いていて、ふとベースの音に耳を澄ませてしまう瞬間がありませんか?メロディを奏でるサックスやピアノの影で、アンサンブル全体をどっしりと支える低音。その奥深さに気づいたとき、ジャズの世界はさらに豊かになります。
本記事ではそんな「縁の下の力持ち」でありながら、ジャズの歴史を何度も塗り替えてきたベーシスト、作曲家、そしてバンドリーダーであるデイヴ・ホランド(Dave Holland、1946年10月1日 – )の魅力に迫ります。
マイルス・デイヴィスとの出会いから自身のバンドでの革新的な挑戦まで、デイヴ・ホランドの音楽世界を一緒に旅してみましょう。
デイヴ・ホランドってどんな人?
まずは「デイヴ・ホランドって誰?」という方のために、彼のキャリアの基本を押さえておきます。
序論:ジャズ・ベースの巨匠
デイヴ・ホランドは50年以上にわたるキャリアを持つイギリス出身のベーシスト、作曲家、そしてバンドリーダーです。ジャズ、ロック、ファンク、アヴァンギャルド、フォーク、電子音楽といった多様なジャンルが自由に融合した時代に育ち、その情熱と革新性でジャズ・ベースの演奏を新たな次元へと引き上げます。
スウィングやポスト・バップの伝統から、現代の多様な音楽的興奮へとベース演奏を発展させた世代の主要メンバーとして、楽器のメロディックで表現力豊かな可能性を広げた功績は計り知れません。
グラミー賞を複数回受賞し、2017年にはNEA(米国立芸術基金)からジャズ・マスターの称号を授与されるなど、その功績は広く認められています。
彼のキャリアは大きく分けて以下の時期に分類でき、それぞれの時期で異なる音楽的特徴を示しています。
初期キャリア(1960年代):ロンドンでの活動とマイルス・デイヴィス・バンドへの参加
1946年にイギリスのウルヴァーハンプトンで生まれたホランドは、独学でウクレレ、ギター、そしてベースギターを学びました。当初はロックやポップスのバンドで活動していましたが、レイ・ブラウンやリロイ・ヴィネガーといったジャズ・ベーシストの演奏に感銘を受け、ダブルベースに転向します。
1964年にロンドンへ移り、ギルドホール音楽演劇学校でクラシックの奏法を学びながら、ロニー・スコッツ・ジャズ・クラブで、コールマン・ホーキンスやジョー・ヘンダーソンといったアメリカのジャズの巨匠たちをサポートする経験を積みました。
【音楽的特徴とキャリアの転機】
この時期のハイライトは、1968年のマイルス・デイヴィスとの出会いです。ロニー・スコッツで演奏していた当時21歳のホランドをマイルスが見出し、自身のバンドにスカウトしました。この参加は彼のキャリアを国際的なステージへと押し上げる大きなきっかけとなります。
伝説の始まり:マイルス・デイヴィスとの出会い
【エピソード】マイルスからの突然の電話
マイルスがクラブを訪れた後、ドラマーのフィリー・ジョー・ジョーンズから「マイルスが君をバンドに誘いたがっている」と告げられ、ホランドは冗談だと思ったそうです。
しかし数週間後、本当にマイルスのマネージャーから電話があり、「金曜からハーレムでギグがある。来れるか?」と聞かれ、二つ返事で「もちろん」と答えたそうです。
この出会いをきっかけに、ホランドはジャズ史に残る名盤『イン・ア・サイレント・ウェイ』や『ビッチェズ・ブリュー』のレコーディングに参加し、世界的な名声を獲得しました。
アコースティックからエレクトリックへ
ホランドが参加したマイルスのバンドは、アコースティック・ジャズからロックやファンクの要素を取り入れたエレクトリック・サウンドへの移行期にありました。ホランド自身も、当初はアコースティックベースを演奏していましたが、音楽の変化に合わせてエレクトリックベース(しばしばワウペダルなどのエフェクターを使用)も弾くようになりました。
フュージョンの黎明期への貢献
彼はジャズ史に残る名盤『イン・ア・サイレント・ウェイ』や『ビッチェズ・ブリュー』のレコーディングに参加し、フュージョン・ジャズの土台を築く重要な役割を果たしました。このバンドでの経験は、彼の音楽的視野を大きく広げました。
フリージャズへの探求(1970年代):Circleとリーダー作の始まり
1970年、ホランドはマイルスのバンドを離れ、より自由な表現を求めてアヴァンギャルドな音楽へと深く傾倒していきます。
【音楽的特徴と主要な活動】
この時期のホランドは、既成概念にとらわれない即興演奏を中心に活動を展開しました。
Circleの結成
マイルス・バンドを共に脱退したチック・コリア、そしてアンソニー・ブラクストン、バリー・アルトシュルと共に、影響力のあるフリージャズ・カルテット「Circle」を結成しました。このバンドは短命でしたが、妥協のない自由な即興演奏で知られています。
リーダーとしてのデビュー
1972年、自身初のリーダー作『鳩首協議 (Conference of the Birds)』をECMレコードからリリースします。このアルバムは、サム・リヴァースとアンソニー・ブラクストンという二人の個性的なサックス奏者を迎えたカルテット作品で、「最も純粋に楽しめるフリージャズの例」と評されるなど、高い評価を得ています。タイトル曲の牧歌的なテーマや、ホランドの美しいベースソロは特に印象的です。
多様なコラボレーション
Circle解散後も、セロニアス・モンクやスタン・ゲッツといった巨匠たちと共演する一方、ギタリストのジョン・アバークロンビー、ドラマーのジャック・ディジョネットとトリオ「Gateway」を結成するなど、活動の幅を広げました。
自身のバンドの確立(1980年代):クインテットとリズムの探求
1980年代に入ると、ホランドは初めて自身のワーキング・バンドを結成し、バンドリーダーおよび作曲家としての才能を本格的に開花させます。
【音楽的特徴と主要な活動】
この時期の彼の音楽の最大の特徴は、複雑なリズム、特に変拍子の探求です。
デイヴ・ホランド・クインテットの始動
1983年にアルトサックスのスティーヴ・コールマンやトランペットのケニー・ホイーラーらを擁するクインテットを結成し、『Jumpin’ In』などのアルバムをリリースしました。
変拍子の導入とインド音楽からの影響
ホランドは5拍子や7拍子といった変拍子(odd time signatures)を多用しましたが、これは単に音楽を複雑にするためではなく、即興演奏のための新しい「乗り物(vehicle)」と捉えていました。
このアプローチの背景には、ロンドン時代に触れたインド音楽からの強い影響があります。彼は「インド音楽におけるリズムの信じられないほどの発展、非常に複雑なサイクルを学び、それをどう細分化するかの規律は、とても影響が大きかった」と語っています。リズムを頭で数えるのではなく「感じること」が重要だと考えており、独自の練習法を確立しました。
M-Baseとの関わり
クインテットのメンバーであるスティーヴ・コールマンは、新しいジャズの概念「M-Base」の中心人物であり、ホランドのグループはM-Base派のミュージシャンを起用するなど、その思想と深く関わっていました。
評価の確立と多様なプロジェクト(1990年代):クインテットの円熟とビッグバンド
1990年代、ホランドはリーダーとして確固たる地位を築き、活動はさらに多様化していきます。
【音楽的特徴と主要な活動】 この時期は、クインテットの音楽が円熟期を迎え、さらに大きな編成への挑戦も見られました。
クインテットの黄金期
1997年、サックスのクリス・ポッター、トロンボーンのロビン・ユーバンクス、ヴィブラフォンのスティーヴ・ネルソン、ドラムのビリー・キルソンという強力なメンバーで新たなクインテットを結成。『Points of View』、『Prime Directive』といった傑作アルバムを次々と発表します。
このバンドのサウンドは緻密なアンサンブルの中に各メンバーの強烈な個性がぶつかり合う、スリリングなものです。特にビリー・キルソンの驚異的なドラミングは、このグループのサウンドを特徴づける重要な要素でした。
ビッグバンドの結成
自身の作曲・編曲スキルにさらに焦点を当てるため、デイヴ・ホランド・ビッグバンドを結成。アルバム『What Goes Around』(2002年)と『Overtime』(2005年)は、それぞれグラミー賞の最優秀ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム賞を受賞しました。
リーダーシップ哲学
彼のバンド運営は、ミュージシャンを信頼し、彼らが創造性を最大限に発揮できる環境を作ることを重視しています。メンバーのロビン・ユーバンクスは「デイヴはバンドを巻き上げて、あとはそれを解き放つだけさ」と語っており、彼のリーダーシップを象徴しています。
レーベル設立と新たなコラボレーション(2000年代以降):Dare2 Recordsと現在
2000年代以降もホランドの創作意欲は衰えることなく、自身のレーベルを設立し、さらに多様な音楽家とのコラボレーションを展開しています。
【音楽的特徴と主要な活動】
この時期は、音楽的自由と探求をさらに推し進める時代と言えます。
自主レーベル「Dare2 Records」の設立
2003年(または2005年)に自身のレーベルDare2 Recordsを設立し、自身の作品のリリースをコントロールするようになりました。
多彩なプロジェクト
フュージョンのルーツに立ち返ったカルテット「Prism」(ケヴィン・ユーバンクス、クレイグ・テイボーン、エリック・ハーランド)、スーパーグループ「Aziza」(クリス・ポッター、リオーネル・ルエケ、エリック・ハーランド)、ピアニストのケニー・バロンとのデュオ、フラメンコギタリストのペペ・アビチュエラとの共演など、特定のスタイルに留まらないプロジェクトを次々と発表しています。
ワールドミュージックへの継続的な関心
タブラ奏者のザキール・フセインとのトリオ「Crosscurrents Trio」など、ワールドミュージック系のミュージシャンとの共演も精力的に行っています。
アンサンブルの規模による演奏法の変化
彼のベース伴奏は、デュオのような小編成では安定したウォーキングベースで音楽の土台を明確に支える役割を担う一方、クインテットのような大編成ではより不規則で予測不能なアプローチを取り、ソリストと対話しながら音楽に緊張と解放の波を生み出します。
デイヴ・ホランドは、そのキャリアを通じて常に進化を続け、ジャズの伝統に敬意を払いながらも、その枠を押し広げてきました。彼の音楽は、喜び、孤独、愛、希望といった人間の根源的な感情に語りかけるものであり、今なお世界のジャズシーンに大きな影響を与え続けています。
ホランドのベースの魅力:アンサンブルを支える「職人の技」
デイヴ・ホランドのベースプレイは、派手なソロで前に出るタイプではありません。彼の真骨頂は、アンサンブル全体を安定させる、まるで熟練の職人のような堅実なプレイにあります。
正確無比なピッチとリズム:彼の演奏はイントネーション(音程)が非常に正確で、聴いていて心地よい安定感があります。
温かく深いサウンド:ピチカート(指弾き)から生まれる温かく深みのある音色は、バンドのサウンドに豊かな響きを与えます。
対話するベースライン:共演者のプレイに耳を傾け、対話するようにベースラインを構築します。これにより、音楽に一体感が生まれるのです。
多くのミュージシャンが彼を「縁の下の力持ち」として絶大な信頼を寄せているのは、こうした職人気質なプレイスタイルがあるからこそです。
まずはこれを聴こう!:「Beautiful Love」
ここまで見ていくと、「デイヴ・ホランドの演奏は難しそう…」と感じる方もいるかもしれません。そんな方には、ピアニストのハンク・ジョーンズのトリオに参加したアルバム『The Oracle』に収録されている「Beautiful Love」がおすすめです。
この演奏でのホランドのソロは非常にメロディアスで流れるように美しく、ジャズ初心者でも彼の魅力がストレートに伝わってきます。変拍子を多用する自身のバンドとは異なり、スタンダードな楽曲の中でいかに美しく歌うか、という彼のもう一つの側面を知ることができます。
さらに深く知るデイヴ・ホランド:ジャズ愛好家への挑戦状
デイヴ・ホランドの音楽は、知れば知るほどその奥深さに引き込まれます。ここでは、ジャズ愛好家の知的好奇心をくすぐる、より専門的なトピックを掘り下げてみましょう。
「楽器をケースから取り出すだけで、そのミュージシャンのことがよくわかる」
これは、デイヴ・ホランドがマイルス・デイヴィスから聞いた言葉として、インタビューで語ったものです。音楽は音を出す以前に楽器との向き合い方から始まっているという、マイルスの深い洞察力がうかがえるエピソードです。
ポイントをQ&A形式で紹介
Q1. なぜホランドの音楽は複雑な変拍子が多いの?
A1. インド音楽からの影響と、即興演奏のための新たな「乗り物」を求めた結果です。
ホランドは、自身の音楽、特に80年代以降のクインテットで5拍子や7拍子といった変拍子(odd time signatures)を多用することで知られています。彼は、変拍子を単に複雑にするためではなく、即興演奏のための新しい「乗り物(vehicle)」として捉えています。
その背景には、ロンドン時代に触れたインド音楽からの強い影響があります。彼はインタビューでこう語っています。
「インド音楽におけるリズムの信じられないほどの発展、非常に複雑なサイクルを学び、それをどう細分化するかの規律は、とても影響が大きかった」
彼は変拍子を頭で数えるのではなく、「感じる」ことが重要だと説いています。ドン・チェリーから教わった「Gala(3拍子)」「Taki(2拍子)」といった音節を使ってリズムを身体に染み込ませる練習法など、独自の方法論を築き上げています。
Q2. バンドリーダーとしての哲学は?
A2. ミュージシャンを信頼し、彼らが創造性を発揮できる「場」を作ることです。
ホランドは自身のバンドを率いる際、独裁者のように振る舞いません。信頼できるミュージシャンを選び、彼らが自由にアイデアを出し合える環境を作ることを最も重視しています。
彼は楽譜に細かく指示を書き込むのではなく、ミュージシャン自身の解釈や創造性に委ねることで、予測不能な化学反応が生まれることを期待しているのです。
アンサンブルの規模でどう変わる?デュオ vs. クインテットの演奏法
ホランドのベースプレイは、共演する人数によってその役割を巧みに変化させます。ある研究では、彼の演奏をデュオとクインテットで比較分析しています。
デュオ(二人編成)での演奏 :ピアノとのデュオなど、少人数の編成では、彼のベースはより明確で、音楽の土台を支える役割に徹します。安定したウォーキングベースを基盤とし、曲のハーモニーとリズムの「背骨」をしっかりと提示することで、相方が自由に演奏できる空間を作り出します。
クインテット(五人編成)での演奏 :一方、ホーン奏者やドラマーがいるクインテットでは、彼の役割はより不規則で予測不能なものになります。単に土台を支えるだけでなく、緊張感(Tension)と解放(Release)の波を作り出し、ソリストと積極的に対話し、音楽の方向性をダイナミックに変化させるのです。
このようにホランドは、状況に応じて自身の役割を最適化し、アンサンブル全体の音楽を最大限に引き出す知性を持ったベーシストなのです。
デイヴ・ホランドを聴くならこの3枚!必聴名盤ガイド
デイヴ・ホランドのディスコグラフィーは膨大です。ここでは彼の音楽世界の多様性を知るために欠かせない3枚のアルバムを、厳選してご紹介します。
『Conference of the Birds』(1972年) – 自由への飛翔
フリー・ジャズと聞くと難解なイメージがあるかもしれませんが、このアルバムは「最も純粋に楽しめるフリー・ジャズの例」と評されるほど、メロディアスで聴きやすい瞬間が多くあります。
タイトル曲はホランドの美しいベースソロから始まり、鳥たちのさえずりを思わせるような牧歌的なテーマが心に残ります。この作品は多くのリスナーにとって、フリー・ジャズへの入り口となり得る一枚です。
『Prime Directive』(2000年) – クインテットの到達点
このグループの魅力は、何と言ってもビリー・キルソンの驚異的なドラミングと、それに応えるバンド全体の超人的なインタープレイです。複雑な変拍子の上を、まるで遊ぶかのように疾走する演奏は圧巻の一言。
ホランド自身が掲げたこのバンドの「最優先指令(Prime Directive)」は「楽しむこと」であったといい、その言葉通り音楽的挑戦と楽しさが同居した、現代ジャズの一つの到達点と言えるでしょう。
『The Oracle』(1990年) – 伝統への敬意
革新的なイメージが強いホランドですが、彼のルーツにはレイ・ブラウンなどの偉大な先人たちがいます。このアルバムでは、歌心あふれるウォーキングベースや、美しいソロを存分に聴くことができ、彼のスウィング感の素晴らしさを再認識させられます。他のベーシストからも、このアルバムでの彼の演奏は高く評価されています。
デイヴ・ホランドはジャズの「羅針盤」
デイヴ・ホランドは名ベーシストという言葉では語り尽くせない、多面的な魅力を持った音楽家です。
アンサンブルを支える「最高のサポーター」であり、変拍子やフリー・インプロヴィゼーションを探求する「革新者」であり、才能あるミュージシャンを見出し、その創造性を引き出す「優れたリーダー」でもあるのです。
彼の音楽は、喜び、孤独、愛、希望といった人間の根源的な感情に語りかけます。半世紀以上にわたるキャリアの中で常に前進を止めず、ジャズという音楽の可能性を広げ続けてきました。
もしあなたがこれからジャズを聴き始めようとしているなら、あるいは、すでにジャズの虜になっているのなら、デイヴ・ホランドという「羅針盤」を頼りに、新たな音楽の旅に出てみてはいかがでしょうか。そこにはきっと、まだ見ぬ素晴らしい景色が広がっているはずです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。ぜひ、デイヴ・ホランドの音楽を実際に聴いて、その感動を体験してみてください。
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