ハイドンの一日を音楽で旅しませんか?『朝』『昼』『晩』の魅力
「一日の時間の流れ」をテーマにした音楽と聞いて、あなたはどんな曲を思い浮かべますか?
朝の目覚めから活気ある昼、そして静かな夜へ。そんな日常の風景を、壮大なオーケストラの響きで体験できたら素敵だと思いませんか?
ヴィヴァルディの『四季』は有名ですが、実は「交響曲の父」として知られるフランツ・ヨーゼフ・ハイドンにも、『朝』『昼』『晩』という心躍る素晴らしい交響曲三部作があるんです。
この記事を読めば、ハイドンがなぜ「パパ・ハイドン」と慕われたのか、そして彼の音楽がいかに革新的で楽しさに満ちていたかが分かります。クラシック音楽初心者の方から、ハイドンをもっと深く知りたい愛好家の方まで、きっと新しい発見があるはずです。
今回は、ハイドンがキャリアの大きな一歩を踏み出した時期に書かれた希望とエネルギーに満ちた交響曲三部作の背景、聴きどころ、おすすめの名盤まで、たっぷりとご紹介します!
まずはここから!ハイドンと『朝』『昼』『晩』の基本
「交響曲の父」パパ・ハイドンってどんな人?
- 出身: オーストリア
- 称号: 「交響曲の父」「弦楽四重奏曲の父」
- 性格: 温厚でユーモアにあふれ、後輩のモーツァルトからも「パパ」と慕われた。
- 経歴: 生涯のほとんどをハンガリーの大貴族エステルハージ家に仕え、楽長として膨大な数の作品を作曲した。
ハイドンは今日、私たちが耳にする「交響曲」や「弦楽四重奏曲」の形式を確立した、まさにクラシック音楽の骨格を作り上げた人物です。しかし彼が「交響曲の父」と呼ばれるのは、交響曲を発明したからではありません。
彼以前にも交響曲を書いた作曲家は存在しました。ハイドンの真の偉大さは、交響曲というジャンルを一つの完成された芸術形式へと引き上げ、その後の音楽史の礎を築いた点にあります。
具体的には、以下の功績が挙げられます。
4楽章制の定着: ハイドンは「急-緩-メヌエット-急」という4つの楽章から成る構成を定着させ、それぞれの楽章が持つべき役割を明確にしました。これが現代に至るまでの交響曲の基本的なテンプレートとなります。
ソナタ形式の確立: 特に第1楽章で用いられる「ソナタ形式」は、2つの対照的な主題を提示し、それを展開させ、最後に再現するという構成です。
ハイドンはこの形式を洗練させ、短いモチーフを巧みに発展させて楽曲全体を構築する「主題労作」という手法を確立しました。
この論理的でドラマティックな手法は、後のモーツァルトやベートーヴェンに絶大な影響を与えたのです。
オーケストレーションの基礎: 弦楽四部(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ、低音弦)を主体とし、そこにフルート、オーボエ、ファゴット、ホルンなどの管楽器を効果的に加える「二管編成」というオーケストラの基礎構造を確立しました。
ハイドンはバロック時代の複雑な多声部音楽から、古典派の「調和がとれていて聴きやすい」音楽への移行を決定づけました。彼は生涯で100曲を超える交響曲を作曲し、その量と質の両面で、このジャンルを飛躍的に発展させたのです。
なぜ「一日の時間」がテーマなの?三部作が生まれた背景
このユニークな三部作は、ハイドンのキャリアにおいて非常に重要な時期に作曲されています。
新しい職場への挨拶代わり!:1761年、ハイドンは29歳で、当時絶大な権力と富を誇ったハンガリーの貴族、エステルハージ家の副楽長に就任します。この三部作は彼がその新しい職務のために書いた、最初の交響曲群でした。
侯爵様からの「お題」:「一日の時間をテーマに曲を書いてみてはどうか」 そう提案したのは、当時の当主パウル・アントン侯爵だったと言われています。ハイドンはこの魅力的な「お題」に見事に応え、『朝』『昼』『晩』という標題を自ら楽譜に記しました。これは100曲以上あるハイドンの全交響曲の中で、彼自身が標題を付けた唯一の例として知られています。
楽団員へのアピール:就任したばかりのハイドンには、もう一つ重要な目的がありました。それは新しく集められた楽団員たちの腕前を主君に披露し、同時に彼ら自身の信頼を得ることです。そのためこの三部作には、ほぼ全ての楽器にソロの見せ場が用意されており、聴いていて飽きることがありません。
まずは聴いてみよう!各曲の詳細な聴きどころ
いきなり全曲聴くのは大変…という方は、まず『朝』の第1楽章を。以下のポイントに絞って聴いてみてください!
交響曲第6番 ニ長調 『朝』 (Le Matin)
第1楽章 Adagio – Allegro: 何と言っても聴きどころは、わずか6小節の序奏が描く壮大な「日の出」の描写です。ヴァイオリンだけの静かなメロディから始まり、徐々に楽器が増えて壮大にクレッシェンドしていく様子は、まさに暗闇から太陽が昇る情景そのものです。続くアレグロでは、フルートのソロが小鳥のさえずりのように軽やかに響き渡ります。
第2楽章 Adagio – Andante – Adagio: 弦楽器のみで演奏され、独奏ヴァイオリンと独奏チェロが優雅に対話します。アンダンテの主部をアダージョが挟むという珍しい構成です。
第3楽章 Menuet & Trio: 優雅なメヌエットですが、中間部のトリオでは独奏ファゴットと独奏コントラバスという珍しい組み合わせが登場し、渋く味わい深い音楽を奏でます。
第4楽章 Finale. Allegro: フルートの急速な駆け上がりで始まる、活気あふれるフィナーレ。独奏ヴァイオリンやチェロも名人芸を披露し、華やかに曲を締めくくります。
交響曲第7番 ハ長調 『昼』 (Le Midi)
第1楽章 Adagio – Allegro: 荘厳な付点リズムが印象的な序奏で始まります。主部では2本の独奏ヴァイオリンとチェロが、光まぶしい夏の庭のようにきらびやかに活躍します。
第2楽章 Recitativo – Adagio: この曲の最大の特徴は、独奏ヴァイオリンによるオペラさながらの「レチタティーヴォ(叙唱)」です。まるで悲劇のヒロインが運命を嘆くかのようなドラマティックな独白が繰り広げられます。ハイドンがオペラ作曲の才能もアピールしたかったのかもしれません。
第3楽章 Menuet & Trio: 典雅なメヌエット。トリオでは、当時としては画期的なコントラバスの独奏が聴きものです。
第4楽章 Finale. Allegro: 2本のフルートと2本の独奏ヴァイオリンが華麗に駆け巡る、協奏曲のようなフィナーレです。
交響曲第8番 ト長調 『晩』 (Le Soir)
第1楽章 Allegro molto: この曲は序奏がなく、フルートが奏でる楽しい主題で快活に始まります。楽しい晩餐の始まりを思わせます。
第2楽章 Andante: 独奏ヴァイオリンとチェロが中心となり、穏やかな夜の情景を描きます。
第3楽章 Menuet & Trio: ここでも独奏コントラバスとファゴットが活躍します。
第4楽章 Finale. “La Tempesta” (Presto): この三部作のクライマックスの一つが、「嵐」と題された迫力満点のフィナーレです。弦楽器が激しく駆け巡り、緊迫感あふれる音楽が展開されます。ベートーヴェンの交響曲第6番『田園』の嵐の場面を先取りしたかのような、迫力ある描写音楽です。
バロックと古典派の架け橋―ハイドンの革新性に迫る
これらの交響曲は、ハイドンが1761年にエステルハージ家の副楽長に就任した直後に作曲されました。この時期の作品はバロック音楽から古典派音楽への過渡期にあり、独奏楽器の多用はまさにその「架け橋」としての役割を象徴する、重要な特徴です。
バロック様式からの継承と発展:合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)の応用
ハイドンの初期交響曲における独奏楽器の多用は、バロック時代に流行した合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)の形式を色濃く反映しています。少人数の独奏楽器群(コンチェルティーノ)とオーケストラ全体(リピエーノまたはトゥッティ)が、対話するように音楽を進行させる形式になります。
楽団員の技量披露と信頼関係の構築 : ハイドンはエステルハージ家の新しい楽団員の腕前を披露し、彼らの信頼を得るという実際的な目的のためにこの形式を採用しました。
交響曲第6番『朝』から第8番『晩』では、フルート、オーボエ、ファゴット、ホルン、ヴァイオリン、チェロ、さらには当時としては珍しいコントラバスに至るまで、ほぼすべての楽器にソロの見せ場が与えられています。これは、腕利きの楽団員たちのために書かれた、いわば「オーダーメイド」の音楽でした。
パトロンの嗜好への配慮 : 当時の当主パウル・アントン侯爵はコレッリなどの合奏協奏曲を好んでいたとされ、ハイドンがこの形式を取り入れたのは、侯爵の嗜好に応える意図もあったと考えられます。
バロックの協奏曲形式を交響曲に取り入れることで、ハイドンは古い様式に新しい息吹を吹き込み、自身の独創性を発揮する土台としました。
古典派交響曲の形式確立への貢献
独奏楽器の多用は、単なるバロック様式の模倣に留まらず、来るべき古典派交響曲の形式を確立するための重要な実験場となりました。
ソナタ形式の初期段階: これらの交響曲は、後の古典派で中心となるソナタ形式の揺籃期(ようらんき)にあります。第1楽章は、短いながらも序奏を持ち(当時としては珍しい試みでした)、提示部・展開部・再現部というソナタ形式の骨格を持っています。
独奏楽器の活躍は、主題の提示や展開の中で重要な役割を果たし、後の交響曲における主題労作(短い動機を徹底的に展開させる手法)の萌芽と見なすことができます。
オーケストレーションの実験: ハイドンにとって、エステルハージ家の小規模ながら質の高い楽団(約14人から16人編成)は、オーケストレーションを試すための「実験室」でした。独奏楽器を多用することで、各楽器の音色や性能、他の楽器との組み合わせの効果を深く探求することができました。
例えば、ホルンの狩りを想起させる用法や、第7番『昼』の第2楽章における独奏ヴァイオリンによるオペラのアリアのようなレチタティーヴォ(叙唱)などは、楽器の表現力を最大限に引き出す試みであり、これが後の古典派オーケストラの色彩豊かな響きの基礎を築きました。
交響曲と協奏曲の融合: 「交響曲と協奏曲の境界線上にある」と評されるように、交響曲というジャンルの中に協奏曲的な華やかさと対比の妙を取り入れました。これにより単なる序曲や合奏曲から、各パートが有機的に結びつき、ドラマティックな展開を持つ芸術形式へと発展する可能性が生まれたのです。
様式の「架け橋」としての役割
独奏楽器を多用したハイドンの初期交響曲は、以下の点で古典派様式の確立に大きく貢献しました。
バロックからの移行: バロック時代の合奏協奏曲のアイデアを継承しつつ、それを当時最新の4楽章制交響曲の枠組みに組み込むことで、バロックから古典派への自然な移行を示しました。
形式の土台作り: ソナタ形式の初期の適用や、各楽器の役割分担の明確化を通じて、後のモーツァルトやベートーヴェンへと続く古典派交響曲の形式的な土台を築きました。
表現の拡大: 個々の楽器に独奏的な役割を与えることで、オーケストラの表現力を格段に豊かにし、後の作曲家たちに大きな影響を与えました。ある意味で、これらの作品は「古い形式が、交響曲の誕生を祝って華々しく送り出される」場であったと言えるでしょう。
したがってこれらの交響曲における独奏楽器の多用は職人芸の披露に留まらず、ハイドンが交響曲というジャンルを一つの完成された芸術形式へと昇華させていく過程で不可欠な、創造的かつ戦略的な一歩だったのです。
腕利きぞろい!エステルハージ家の楽団とハイドンの巧みな戦略
ハイドンの音楽を支えたのは、ヨーロッパ屈指の名門貴族エステルハージ家でした。特にハイドンが長く仕えたニコラウス1世は「壮麗侯」とあだ名されるほどの音楽愛好家で、ハイドンの才能を高く評価し、その活動を全面的に支援しました。
ハイドンが就任した当時のエステルハージ家の楽団は、総勢14~16人程度と、現代のオーケストラに比べると非常に小規模な室内アンサンブルです。しかしそのメンバーはコンサートマスターのルイジ・トマッシーニをはじめ、選りすぐりの名手たちで構成されていました。ハイドンは彼らのために、技巧的なソロパートをふんだんに盛り込んだのです。
巧みなオーケストレーション: 編成は小さいながらも、ハイドンはその制約を逆手に取り、各楽器の音色を際立たせる巧みな書法を駆使しました。
例えばファゴットは通常、チェロやコントラバスと共に「低音」パートを演奏していましたが、この三部作では独立したパートを与えられ、重要なソロも担当します。
楽員への配慮と信頼: 当時、難しいソロを演奏した楽員には金銭的な報酬が与えられる習慣がありました。ハイドンは、コントラバスのような目立たない楽器にまでソロを与えることで、楽員たちの士気を高め、信頼関係を築きました。
これは後に、楽団員の帰郷への願いを込めて交響曲第45番『告別』を作曲するような、人間味あふれるリーダーシップの表れでもあります。
チェンバロの不在: 当時の慣習とは異なり、エステルハージ家の楽団では通奏低音楽器としてのチェンバロは用いられなかったと考えられています。ハイドン自身がヴァイオリンを弾きながら全体を率いていた記録が残っており、より純粋な管弦楽の響きを追求していたことがうかがえます。
このように『朝』『昼』『晩』は、ハイドンという優れたマネージャーが手兵であるエステルハージ家楽団という最高の楽器を駆使して生み出した、戦略的かつ芸術的な傑作なのです。
「標題音楽」としてのユニークな立ち位置
『朝』『昼』『晩』は、ハイドン自身が標題を付けた唯一の交響曲群として、標題音楽の歴史の中でも重要な位置を占めています。しかし、ヴィヴァルディの『四季』のように音楽全体で物語を描写するのではなく、『朝』の冒頭の「日の出」や『晩』の終楽章の「嵐」といった部分的な描写にとどまっています。
基本的には音楽そのものの構成美を追求する「絶対音楽」としての性格が強く、そのバランス感覚にこそハイドンの真骨頂があると言えるでしょう。この手法は後にベートーヴェンの交響曲第6番『田園』にも受け継がれていきますが、そこでもベートーヴェンは「感情の表現であって、音画ではない」と記しており、ハイドンの考え方と通じるものがあります。
この一枚を聴け!『朝』『昼』『晩』おすすめCD3選
この三部作には数多くの名盤がありますが、ここではタイプの異なる3つの演奏をご紹介します。
【古楽器の決定盤】クリストファー・ホグウッド指揮 アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック
古楽器によるハイドン演奏のスタンダードを確立した名盤です。温かく透明感のある響き、そして各楽器のソロが見事に調和した演奏は、作品本来の色彩感と活気を最もバランス良く伝えてくれる名演です。ハイドンの意図を丁寧に再現しようとする誠実なアプローチが光る、まず最初に聴くべき一枚と言えるでしょう。
【モダン楽器の金字塔】アンタル・ドラティ指揮 フィルハーモニア・フンガリカ
史上初のハイドン交響曲全集を完成させたドラティによる、歴史的な録音です。モダン楽器ならではの豊かで力強い響きが特徴で、ハイドンの音楽が持つエネルギッシュな側面を存分に引き出しています。古き良き時代の風格を感じさせる、堂々とした名演です。
【躍動する古楽器】フライブルク・バロック管弦楽団
生命力にあふれた、スリリングで躍動感のある演奏です。各ソロパートの華やかさと、オーケストラ全体のダイナミックな推進力は圧巻の一言。反復時の装飾など、奏者の自発性も豊かで、ハイドンの音楽が持つ「遊び心」を現代に甦らせた快演です。
ハイドンの音楽は新しい始まりの喜びに満ちている
ハイドンの交響曲『朝』『昼』『晩』は、若き天才が新しい環境でその才能を存分に発揮した、キャリアの輝かしい幕開けを飾る傑作です。
「交響曲の父」としての偉業: ハイドンは交響曲の形式を確立し、後の作曲家たちへの道を切り開きました。
キャリア初期の意欲作: 希望とエネルギーに満ち、新しい楽団のメンバーの技量を披露する目的も兼ねていました。
バロックと古典派の架け橋: 合奏協奏曲の様式を取り入れ、古い伝統と新しいスタイルを独創的に融合させています。
多彩なソロ: 協奏曲のように各楽器のソロが次々と登場し、聴き手を飽きさせません。
この記事が、あなたのクラシック音楽の世界をさらに広げるきっかけになれば幸いです。まずはストリーミングサービスで、第6番『朝』の冒頭だけでも聴いてみてください。きっと晴れやかでポジティブな気持ちになれるはずです!
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