【音楽の新常識】ジャズとパンクの融合
あなたはロックの「既成概念」に飽きていませんか?
メロディやハーモニー、耳馴染みの良いギターリフ…それら全てを捨て去り、ジャズ、ファンク、パンクを凶暴に融合させた男がいました。その男こそ、ジェームス・チャンス。彼が率いたバンド、ジェームス・チャンス・アンド・ザ・コントーションズは、1970年代後半のニューヨークに吹き荒れた、一瞬の嵐のようなムーブメント「ノー・ウェイヴ」の中心でした。
この記事ではノー・ウェイヴ未体験の方から、さらに深く音楽の背景を知りたいという愛好家の方まで、コントーションズの魅力を余すところなく解説します。この記事を読めば、あなたの音楽体験はきっと「コンタート(ねじ曲がる)」するでしょう。
はじめに知っておきたい「ノー・ウェイヴ」とジェームス・チャンスの魅力
ノー・ウェイヴの概要
ノー・ウェイヴ(No Wave)は1970年代後半にニューヨークで起こった、パンク・ロックやニュー・ウェイヴに対する反動的なアート・ムーブメントです。このムーブメントはパンクの持つ反商業主義的な精神をさらに過激化させ、ロックの伝統的な要素(メロディ、ハーモニー、ブルース・リフなど)を意図的に排除しました。
代わりにノー・ウェイヴのアーティストたちは、不協和音、ノイズ、破壊的なリズム、そしてフリー・ジャズやアヴァンギャルド音楽の要素を取り入れます。彼らの音楽は当時の荒廃したニューヨークの街並みや社会の閉塞感を反映しており、「絶望のサウンドトラック」と称されることもありました。
主要な特徴
ノー・ウェイヴは、以下の3つの主要な特徴によって定義されます。
反商業主義とDIY精神: 大衆に迎合することを拒否し、自主制作や小規模なライブハウスでの活動を重視します。彼らは音楽をアートの一形態として捉え、既存の音楽業界のルールから完全に逸脱しました。
不協和音とノイズ: 美しいメロディや調和を否定し、不協和音を多用したギターやサックスのノイズがサウンドの中心となります。聴く者に不快感や緊張感を与えることを目的としていました。
パフォーマンスの過激さ: ライブパフォーマンスは音楽だけでなく、観客を巻き込む挑発的な行動や暴力的な表現を含むこともあります。これは既存のコンサートの概念を打ち破るものでした。
代表的なアーティストと作品
ノー・ウェイヴは特定のサウンドやスタイルを確立するのではなく、それぞれのアーティストが独自の、実験的なアプローチを追求しました。
ジェームス・チャンス・アンド・ザ・コントーションズ(James Chance and the Contortions): フリー・ジャズとファンク、パンクを融合させたサウンドで、ノー・ウェイヴを象徴するバンドです。代表作に、唯一のスタジオ・アルバム『Buy』があります。
ティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・ジャークス(Teenage Jesus and the Jerks): ボーカルのリディア・ランチが率いたバンドで、短い楽曲とニヒリスティックな歌詞が特徴です。
DNA: ギターのアート・リンゼイ、ドラムのイクエ・モリ(森 郁恵)が参加したバンドで、反復的なリズムとノイジーなギターが特徴です。
リディア・ランチ(Lydia Lunch): ノー・ウェイヴ・シーンのアイコン的存在。詩人、作家、女優としても活動し、そのニヒリスティックな思想はシーン全体に大きな影響を与えました。
ノー・ウェイヴの遺産
ノー・ウェイヴが商業的な成功を収めることはありませんでしたが、その後の音楽シーンに多大な影響を与えます。ソニック・ユースやニルヴァーナといったグランジ・バンド、さらにはインダストリアルやノイズミュージックなど、オルタナティブ・ロックの多くのジャンルが、ノー・ウェイヴの破壊的な精神からインスピレーションを得ています。
特にブライアン・イーノがプロデュースしたコンピレーション・アルバム『No New York』は、ノー・ウェイヴの精神が凝縮された歴史的な作品として、今もなお高く評価されています。

「ノー・ウェイヴ」って何?
ノー・ウェイヴは音楽のルールを無視し、不協和音やノイズ、反復的なリズムを多用した、非商業的なアート・パンクです。ニューヨークのアーティストたちが、当時の社会や音楽シーンの閉塞感に反発して生み出しました。
ロックを「ねじ曲げた」男、ジェームス・チャンス
このノー・ウェイヴ・シーンの中心にいたのが、ジェームス・チャンスです。彼はまるで「ジェームス・ブラウンにフリー・ジャズを叩き込んだらどうなるか?」を試したかのような音楽を奏でました。
彼のトレードマークであるサックスは、官能的なファンクのフレーズを奏でるかと思えば、突然耳をつんざくようなノイズと化し、聴く者を戸惑わせます。この予測不能な「ねじ曲がり」こそが、彼らの最大の魅力なのです。
ジェームス・チャンスの生涯:ノー・ウェイヴの帝王
ジェームス・チャンス(James Chance)、本名ジェームス・ジーグフリードは、1953年4月20日にアメリカ合衆国ウィスコンシン州ミルウォーキーで生まれました。彼の生涯は、ジャズ、ファンク、パンクという全く異なるジャンルを融合させ、音楽界に強烈な足跡を残したものでした。
若き日の音楽遍歴
幼少期からピアノを学び、次第にサックスへと転向。地元の高校ではジャズ・バンドに所属し、ジャズ理論や即興演奏の基礎を身につけました。しかし既存のジャズの枠組みに飽き足らず、より挑戦的で破壊的な表現を求めるようになります。
フリー・ジャズのサックス奏者であるアルバート・アイラーや、ソウル・ミュージックの帝王ジェームス・ブラウンからの影響は、彼の音楽的アイデンティティを形成する上で決定的なものでした。
ノー・ウェイヴの時代:ニューヨークでの狂乱
1975年、チャンスは音楽活動を本格化させるためにニューヨークへ移住します。当時、ニューヨークではパンク・ロックが盛り上がりを見せていましたが、チャンスはパンクの単純なコード進行や型にはまったフォーマットに反発しました。よりアヴァンギャルドで実験的な音楽を追求するようになり、後のノー・ウェイヴ・シーンの中心人物となるアーティストたちと出会います。
1977年、「The Contortions(コントーションズ)」を結成。ジャズの自由さとパンクの荒々しさが入り混じった、他に類を見ないサウンドを生み出します。彼らのライブはチャンスの予測不能なパフォーマンスと相まって、観客を熱狂させました。
ステージ上で観客にサックスを突きつけたり、乱闘騒ぎを起こしたりするその姿は、ノー・ウェイヴのニヒリズムと破壊的なエネルギーを象徴しています。
1978年、ブライアン・イーノがプロデュースしたノー・ウェイヴのコンピレーション・アルバム『No New York』に参加し、その名を広く知られるようになります。翌1979年には唯一のスタジオ・アルバム『Buy』をリリース。このアルバムはノー・ウェイヴの代表作として、今なお多くのアーティストに影響を与え続けています。
変化と探求、そして晩年
コントーションズ解散後、チャンスはファンクやディスコに傾倒し、ジェームス・ホワイト・アンド・ザ・ブラックス名義で活動を始めます。1979年のアルバム『Off White』は、よりダンサブルで洗練されたサウンドを追求した作品です。
その後も彼は、ヨーロッパや日本など世界各地で精力的に活動を続けました。その間、ドラッグやアルコールによる問題も抱え、健康を害したこともあります。それでも音楽への情熱が尽きることはありませんでした。晩年までツアーやレコーディングを続け、その唯一無二の音楽性を発信し続けます。
2024年6月18日、ジェームス・チャンスは71歳でこの世を去りました。彼の死は音楽界に大きな喪失感をもたらしましたが、その残された音楽は今もなお、多くの人々に衝撃を与え続けています。彼はロックの既成概念を打ち破り、新たな可能性を切り開いた真のパイオニアでした。
彼のライブパフォーマンスはまさに伝説です。サックスを吹きながらステージを暴れ回り、観客に絡んだり、時には乱闘騒ぎを起こすことも。この予測不能な行動は、当時のニューヨークの若者たちを熱狂させました。彼にとって音楽は演奏行為にとどまらず、全身を使った表現であり、観客を巻き込む儀式だったのです。
ジェームス・チャンスとコントーションズの歩き方
はじめの一歩:聴くべき3つのポイント
初めてコントーションズの音楽を聴く人は、その独特なサウンドに戸惑うかもしれません。でも大丈夫。以下のポイントを押さえれば、彼らの音楽の真価をすぐに理解できます。
おすすめの聴き方
1. ライブ音源から入るべし
彼らの真骨頂はライブです。スタジオ盤よりもライブ盤の方が、彼らの持つ熱狂と凶暴なエネルギーをよりリアルに感じることができます。YouTubeなどで彼らのライブ映像を探してみるのがおすすめです。
2. 「Contort Yourself」から聴いてみよう
代表曲「Contort Yourself」は、彼らの音楽性を最も端的に表しています。サックスとギターが絡み合う独特のグルーヴを体感してください。タイトでありながらも歪んだ演奏が、聴く者を中毒にさせます。
3. ジェームス・ブラウンを聴いてみよう
チャンスはジェームス・ブラウンの熱狂的なファンでした。彼の音楽に触れることで、チャンスのルーツとインスピレーションを深く理解できます。特に、ジェームス・ブラウンの初期のファンク・サウンドには、コントーションズの音楽との共通点が多く見られます。
ノー・ウェイヴが生まれた背景と音楽的探求
ノー・ウェイヴが生まれた時代:ニューヨークの絶望と創造性
1970年代後半、ニューヨークは財政破綻寸前でした。街はゴミで溢れ、地下鉄は落書きだらけ、犯罪率も急上昇していました。そんな殺伐とした空気の中、ノー・ウェイヴはアート・シーンの片隅でひっそりと生まれます。この音楽はメロディや希望を捨て、都市の病んだ神経をそのまま音にしたような「絶望のサウンドトラック」だったのです。
引用ブロック
「ノー・ウェイヴは、1960年代が約束しながらも果たされなかったことすべてに対する、極端な反応だった。私たちはただ叫びたかっただけだ」
— リディア・ランチ(ノー・ウェイヴの重要人物、Teenage Jesus and the Jerks)
この言葉は、当時の若者たちが感じていた閉塞感や虚無感を的確に表現しています。ノー・ウェイヴは美しいメロディやハーモニーではなく、不協和音やノイズ、そして怒りを音楽に昇華させることで当時の社会に反発しました。
2つの顔を持つ男、ジェームス・チャンス
コントーションズの解散後、ジェームス・チャンスは「ジェームス・ホワイト」という別名義で活動を始めました。これはファンクやディスコ音楽への接近を示すもので、同じメンバーで録音されたアルバム『Off White』は、ファンク・バンド「デファンクト(Defunkt)」を結成することになるジョセフ・ボウイ(レスター・ボウイの兄弟)のトロンボーンをフィーチャーし、よりダンサブルなサウンドへと変化しました。
チャンス: 「俺たちは、ただ騒ぎたかっただけじゃない。ロックの『カッコいい』部分を全部ぶち壊して、何が残るか知りたかったんだ」
ナレーター: 「そう語るチャンスの言葉の裏には、ジャズとファンクをパンクのエネルギーで再構築するという、明確な意図があった」
Q&A:『Buy』と『Off White』、どう違う?
ジェームス・チャンス・アンド・ザ・コントーションズの『Buy』とジェームス・ホワイト・アンド・ザ・ブラックス名義の『Off White』は、ほぼ同時期に同じメンバーで録音されましたが、そのサウンドは大きく異なります。
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『Buy』: 破壊的でアヴァンギャルドな”ザ・ノー・ウェイヴサウンド”。タイトなリズム隊とノイジーなギター、そしてチャンスのサックスが絡み合い、聴く者を圧倒します。
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『Off White』: 『Buy』の精神を残しつつ、よりダンスフロアを意識したファンク・ディスコサウンド。トロンボーンやトランペットが加わり、より洗練された印象を受けます。
両者の聴き比べは、チャンスの音楽的探求心を知る上で非常に重要です。
必聴の名盤とノー・ウェイヴの重要人物
聴くべき名盤3選
1. 『No New York』(1978年)
ブライアン・イーノがプロデュースした、ノー・ウェイヴ・シーンの決定的コンピレーション。コントーションズの楽曲以外にも、リディア・ランチの「Teenage Jesus and the Jerks」など、シーンの重要バンドが多数収録されています。この一枚を聴けば、ノー・ウェイヴの全体像を掴むことができます。
2. 『Buy』(1979年)
コントーションズ唯一のスタジオアルバム。ノー・ウェイヴの混沌としたエネルギーがタイトな演奏と合わさり、異常なまでの完成度を誇っています。「Contort Yourself」や「Designed to Kill」など、代表曲が目白押しです。
3. 『Off White』(1979年)
ジェームス・ホワイト・アンド・ザ・ブラックス名義の作品。ディスコ・ファンクへの接近がはっきりとしており、より洗練された印象を受けます。ファンク好きにもおすすめできる一枚です。
注目すべきノー・ウェイヴの重要人物
ジェームス・チャンス(James Chance): ボーカルとサックス。パンクのエネルギーとフリー・ジャズの即興性を融合させた、唯一無二のサックスプレイヤー。その狂気じみたパフォーマンスは、ノー・ウェイヴのアイコンとなりました。
パット・プレイス(Pat Place): スライドギター。画家でもあった彼女の、絵を描くようにノイズを出す独特のスタイルは、コントーションズのサウンドを特徴づけています。
リディア・ランチ(Lydia Lunch): Teenage Jesus and the Jerksのボーカル。ノー・ウェイヴ・シーンのもう一人のアイコン。そのニヒリスティックな詩とアヴァンギャルドなパフォーマンスは、シーンの精神を体現していました。
不協和音のダンスフロアへようこそ
ジェームス・チャンス・アンド・ザ・コントーションズの音楽は「ロック」や「パンク」の枠に収まりきらない、破壊と創造の塊でした。彼らの音楽は今聴いてもなお、私たちの既成概念を揺さぶる力を持っています。閉塞感や絶望が渦巻く時代に、それでもなお「自分たちの表現」を追い求めたアーティストたちの魂の叫びです。
この記事で紹介した音楽を聴いて、もし少しでも心が「ねじ曲がった」と感じたら、ぜひ感想を聞かせてください。
彼らの狂騒的な世界へようこそ!
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