トニー・ウィリアムス『Spring』:マイルスも認めた19歳の挑戦とジャズを変えた「音の建築」

ジャズ

天才ドラマーが切り拓いたジャズの未来、その衝動と美学を探る

ジャズを聴いていて、時に「これは一体…?」と耳を疑うような、しかし抗いがたい魅力を持つ音楽に出会うことはありませんか?
今回のテーマはそんな体験を約束する一枚、トニー・ウィリアムスのリーダー作『Spring』です。

この記事を読めば未経験の方は『Spring』の魅力的な入り口を、愛好家の方はその深遠なる世界観と歴史的背景を、より深く理解できるでしょう。

19歳のトニーが残したこの「尖った」アルバムが、なぜ今もなお多くのジャズファンを惹きつけ続けるのか、その秘密に迫ります。

トニー・ウィリアムスとは?ジャズ界の「神童」の誕生

まずはジャズ界に彗星のごとく現れ、その後の音楽シーンを大きく変えたトニー・ウィリアムスという人物について、基本的な情報からご紹介しましょう。

マイルス・デイヴィスも「バンドの中心」と評した天才

マイルス・デイヴィスはトニー・ウィリアムスについて、「トニーはメンバー全員をやたら燃え上がらせるんだ」「トニーがいるこのバンドじゃなんでも望みどおりの演奏ができた」「いつもトニーがバンドのサウンドの中心だった」とまで語っています。これほどまでにマイルスに言わせたドラマーは、彼以外にいないと言われるほどです。

17歳でマイルス・クインテットに抜擢された「神童」

トニー・ウィリアムスは1945年12月12日にイリノイ州シカゴで生まれ、1997年2月23日に51歳で亡くなりました。彼は10代でマイルス・デイヴィスにその才能を認められ、弱冠17歳という若さでマイルス・デイヴィス・クインテットのドラマーに大抜擢されます。彼のリーダー作である『Spring』が録音されたのは、わずか19歳の時です。

単なるドラマーに留まらない「音の建築家」

トニーは卓越したドラムの技術を持つだけでなく、そのセンスも「超人級」でした。作曲者としてもずば抜けた才能を持ち、その音の空間配列の巧みさはまるで音という具材をデザインしているようだと評されます。
彼は音楽を「建てる」という思想を持っており、ドラムから始まった彼の旅は作曲、構築、空間設計へと広がり、やがては「音の建築家」と呼ばれるようになりました。

『Spring』を初めて聴くあなたへ:どこから楽しむ?

トニー・ウィリアムスのリーダー作第2弾である『Spring』は、1965年8月12日に録音され、1966年にブルーノートからリリースされました。初めて聴く方は、その自由で前衛的なサウンドに少し戸惑うかもしれません。しかしいくつかのポイントを知ることで、このアルバムの魅力にぐっと近づけるはずです。

まずはここから!『Spring』の楽しみ方

豪華な参加メンバーに注目! このアルバムには、ジャズ界のレジェンドたちが集結しています。

ドラムス:トニー・ウィリアムス (本作ではアンソニー・ウィリアムス名義)
テナーサックス:ウェイン・ショーターサム・リヴァース
特にウェイン・ショーターとサム・リヴァースという「異色の2テナー編成」は、彼らにとって唯一の共演記録です。
ピアノ:ハービー・ハンコック (トニーの生涯の盟友)
ベース:ゲイリー・ピーコック (ブルーノートでは珍しい人選)

この錚々たるメンバーが織りなすサウンドを、まずは意識して聴いてみてください。

聴きやすい「Love Song」から入ってみよう
アルバム全5曲は、すべてトニー・ウィリアムス自身のオリジナル曲です。もし「どこから聴けばいいか分からない」と感じたら、まずは4曲目の「Love Song」を聴いてみてください。
この曲はリヴァースをフィーチャーした「フォーク・タッチの美しいナンバー」で、ジャズらしいビートやスウィングを楽しむことができます。ハンコックのピアノも幻想的で、初心者の方にもきっと魅力的に響くでしょう。

ドラムと各楽器の「音の空間配置」に耳を傾けてみる
トニーのドラミングは単にリズムキープに留まらず、「音の空間配列の巧みさ」が特徴です。個々の音が、まるで空間にデザインされたかのように配置され、聴く人に刺激的な音楽体験を与えます。ドラムソロのパートや各楽器が絡み合う瞬間、音の響きや奥行きに意識を集中してみてください。

なっとくガエル
なっとくガエル

もしかしたら最初は難しく感じるかもしれません。ベテランのジャズドラマーでさえ、初めて『Spring』を聴いた時は「全く聴きどころが分からない」と感じた人もいます。でも、何度か聴くうちに、その「混沌」の中に「秩序」が見えてくるはずです。その時、あなたの音楽体験は新しいフェーズへ!

『Spring』の深淵を読み解くQ&A

ここからはジャズ愛好家の方に向けて、『Spring』の背景にある歴史、音楽的意図、そしてトニー・ウィリアムスの深い音楽性について、さらに掘り下げていきましょう。

Q1: マイルス・デイヴィスとの関係性は?『Spring』はなぜこの時期に生まれたのか?

A: 『Spring』が録音された1965年は、マイルス・デイヴィス・クインテットにとっても重要な転換期でした。

マイルスバンド内の「前衛」と「保守」の対立
1965年当時、マイルス・クインテットにはテナーサックス奏者のジョージ・コールマンが在籍していました。コールマンがハードバップに根ざした演奏を好んだのに対し、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、そしてトニー・ウィリアムスといった若いリズムセクションは、より前衛的なサウンドを目指していました。
トニーは、保守的なコールマンを嫌っていたようです。この対立の結果、最終的にマイルスの判断でコールマンは解雇されました。

マイルス不在の間に生まれた「自由な衝動」
『Spring』の録音は、マイルスバンドが一時的に休業していた期間に行われます。1965年1月にマイルスバンドが『E.S.P.』を録音した後、マイルスは入院し、次のスタジオ録音『Miles Smiles』まで約1年のブランクがありました。

このマイルス不在の期間に、トニーは『Spring』を録音したのです。ある評論家はこの状況を次のように表現しています。

びびりカエル
びびりカエル

ボスのいぬ間にフリーを少々、てな感じだろうか

この時期はトニーが、マイルスの影響下から一時的に離れ、自身の音楽的探求をより自由に深めることができた重要な期間だったと言えるでしょう。

Q2: 『Spring』の「尖った」サウンドの秘密とは?

A: 『Spring』が持つ「シャープでかっこいい」、そして「尖った」サウンドは、単に技術的な巧みさだけでなく、トニーの音楽的な思想によって形作られています。

新主流派からフリージャズへ、革新的な音楽性
『Spring』はアヴァンギャルド・ジャズ、ポスト・バップ、モーダル・ジャズに分類されます。一般的には新主流派の作品として取り上げられることが多いですが、評論家の中には「むしろフリージャズがお好きな方にお薦めかもしれない」と指摘する声もあります。

トニーが目指したのは、既成のジャズのフォーマットやリズムの枠を外し、そこから生まれる自由の中で「新しい秩序ある音楽を生み出してゆくこと」だったと言われています。混沌としたナンバー「Extras」はその代表例であり、ドラムだけ聴いても素晴らしい仕上がりです。

「音の空間配列」を体現したジャケットデザイン
このアルバムのジャケットデザインも、その音楽性を象徴しています。シンプルなオレンジと白の配色に、中央からやや右にずれた位置にアルバムタイトルとアーティスト名が配置されているだけ。
これはトニーが追求した「空間配列の妙」「コンポーズの妙」を、視覚的に表現しているかのようです。アルバムの中身とジャケットのデザインが、コンセプトにおいて一致しているのです。

ドラマーの視点から見た「作曲家トニー」の深い意図
トニーはドラムの演奏だけでなく、作曲においても「超人級」のセンスを持っていました。「音の空間配列の巧みさ」を通じて、まるで音という具材をデザインするかのように音楽を構築しています。

ジャズピアニストで音楽理論講師の浦島正裕氏はトニー・ウィリアムスの作曲術について、「構築という意味では、ドラムも同じだけど、作曲はより長いスパンで考えられる。『この8小節があるから、次の16小節がこう動く』というように、音楽の全体像を設計する感覚がある。それを味わってしまったら、もう戻れなかった」と分析しています。

トニー自身も「感覚と理論は相反するものではなく、むしろ補完し合う」ということを実感していました。即興では「感じたもの」をその場で出す一方で、対位法のような厳密なルールの中で最大限の自由を追求し、それが演奏における「構造を意識した演奏」へと繋がったと語っています。

Q3: 他のドラマーはトニーをどう評価?ドラムセットへのこだわりとは?

A: トニー・ウィリアムスは、同時代のミュージシャンや後続のドラマーたちにも大きな影響を与えました。

シンディ・ブラックマン・サンタナが語る「トニーの革新性」
カルロス・サンタナの妻であり自身も著名なドラマーであるシンディ・ブラックマン・サンタナは、トニーの熱心なフォロワーとして知られています。彼女はトニーのドラミングの「美しいトーン」「完璧なテクニック」「ダイナミクスのコントロール」に最初に惹きつけられたと語っています。

なっとくガエル
なっとくガエル

小さな音量でも大きな音量でも、自由自在に演奏できる人物。バンドの一員としては、ドラマーとしての役割の領域をさらに広げて、後ろでただタイムをキープするだけでなく、ソリスト同志の会話に参加していた。

さらに彼女は、トニーのドラムキットの使い方も革新的だったと回想しています。「ソック・シンバル(ハイハット)で4拍子を刻むのも、トニーの発明だった」
偉大なドラマーたちのリズムを、ライドやバスドラム、ハイハット、スネアといった様々なパーツに振り分け、独自の方法で組み合わせるやり方もトニーの発明だと語り、「たった1人でこれほどのことを成し遂げたのは驚異的」と称賛しています。
彼のシンバル・レガートは通常とは異なる音型で、高速かつ自在に変化し、8分音符の裏にスネアを入れるパターンを多用しました。

60年代の小型セットから70年代の大型セットへ
トニーはその音楽性の変化に合わせて、ドラムセットも進化させました。
60年代には18インチのベースドラムなど小さいセットを使用していましたが、70年代には大きなセットに移行しました。この理由について彼は、「もっといろいろな演奏をするためには、もっと聴こえてほしかったし、ハードにやりたかった。18″のベース・ドラムのような小さなドラム・セットでは聴こえなかったんだ」と語っています。

CSヘッドの選択
タムにはCSヘッドを使い、スネアにはコーテッドヘッドを使用していました。CSヘッドを選んだのは、「どんなにハードに叩いても音のツブがよく聴こえるんだ。私は一定した音質がほしいんだ。すごく小さなところからすごく大きなところまでね」。

スプラッシュシンバルの追加
ジルジャンシンバルを愛用し、2枚のスプラッシュシンバルも使用していました。これは「あのサウンドが好きだから」で、「新しい次元のサウンドを与えてくれる」と述べています。

トニー・ウィリアムスの音世界をさらに深掘りする名盤紹介

『Spring』はトニー・ウィリアムスの素晴らしいリーダー作ですが、彼の音楽キャリアは多岐にわたり、数々の傑作を残しています。ここでは、彼の魅力をさらに深く知るためのおすすめアルバムをいくつかご紹介します。

トニー・ウィリアムスのリーダー作から選ぶ3選

『Life Time』 (1964)

トニー・ウィリアムスの記念すべきデビュー・アルバムです。『Spring』よりもさらに実験的で、フリージャズの色が濃いと評されています。当時の彼の音楽的ビジョンが凝縮された、まさに「冒険的で空間的」な一枚です。

『Emergency!』 (1969)

自身のグループ「ライフタイム」名義での衝撃的なデビュー作。ジョン・マクラフリン(ギター)とラリー・ヤング(オルガン)という強力なメンバーを迎え、ジャズ・ロックやフュージョンというジャンルを切り拓いた金字塔として知られています。

『Believe It』 (1975)

「ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイム」名義のアルバムで、ギターにアラン・ホールズワースが参加したフュージョンの名作です。テクニカルでパワフルな演奏が繰り広げられ、当時のフュージョンシーンに大きな影響を与えました。

トニー・ウィリアムスが参加した歴史的名盤2選

マイルス・デイヴィス『Miles Smiles』 (1966)

マイルス・デイヴィス「第2期黄金クインテット」の名盤の一つで、トニー・ウィリアムスのドラミングが存分に際立っています。彼の革新的なアプローチが、バンド全体のサウンドにダイナミズムと奥行きを与えています。

アンドリュー・ヒル『Point of Departure』 (1964)

ブルーノートを代表するアヴァンギャルド・ジャズの名盤。トニー・ウィリアムスのドラミングは、アンドリュー・ヒルの複雑で挑戦的な楽曲に深みとスリルを加えています。

『Spring』が指し示す、ジャズの終わらない進化

トニー・ウィリアムス『Spring』は、若き天才ドラマーの音楽的探求心が爆発した、まさにジャズ史に残る傑作です。彼の演奏と作曲の才能、そして音楽全体を「構築」する哲学が詰まったこのアルバムは、ジャズの「伝統」と「革新」が交錯する刺激的な一枚と言えるでしょう。

聴くたびに新しい発見がある、奥深い音楽体験をあなたに提供してくれるはずです。

この記事を読んでくださったあなたに心からの感謝を申し上げます。 さあ、あなたもトニー・ウィリアムスの『Spring』を聴いて、新しい音楽の扉を開いてみませんか?

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