「歌うように弾く」ジャズギター:ハーブ・エリス流フレーズの秘密と即興演奏術

ジャズ

ジャズギター界の「いぶし銀」が奏でる歌心と躍動感

ジャズギターの魅力とは何でしょうか?
多くのギタリストが憧れる「歌心溢れるフレーズ」や、聴く人を自然と笑顔にする「躍動感あるグルーヴ」に、その答えを見出す人がいるかもしれません。
今回ご紹介するハーブ・エリスは、そんなジャズギターの理想を体現したギタリストの一人です。

テキサス生まれの彼がどのようにしてジャズギター界で独自の地位を築き、「いぶし銀」と称されるプレイスタイルを確立したのか、その魅力に迫ります。この記事を読めばハーブ・エリスの人間性や音楽哲学に触れることができ、ジャズギターの奥深さをさらに深く味わえるはずです。ハーブ・エリスの音楽を通じて、新たな発見と感動の旅に出かけましょう。

ハーブ・エリスとは?その音楽的魅力の第一歩

ハーブ・エリスの基本情報と音楽的特徴

ミッチェル・ハーバート・エリス、通称ハーブ・エリスは、1921年8月4日にアメリカのテキサス州ファーマーズヴィルで生まれ、2010年3月28日に88歳でその生涯を閉じました。
彼のキャリアは多岐にわたりますが、特にオスカー・ピーターソン・トリオの一員としての活躍(1953年〜1958年)と、エラ・フィッツジェラルドの伴奏者(1957年〜1962年)としての活動が有名です。

彼の演奏スタイルは、聴く人を魅了する「歌心」と「躍動感」に満ちています。まるでギターが歌っているかのような親しみやすく分かりやすいフレーズは、初めて聴かれる方にもすぐにその魅力が伝わるでしょう。
テキサス出身である彼のルーツから来る、ブルースやカントリーミュージックの要素が絶妙にブレンドされたサウンドも大きな特徴です。この独自の「ブルースっぽさ」は、黒人音楽とは異なる、素朴で陽気な明るさを持っています。

彼は演奏中、口ずさむように弾くことを重視しました。そのアドリブはストックフレーズ(あらかじめ準備しておいた使える表現、手癖)でありながらも、聴く人が一緒に歌いたくなるようなメロディーを持っています。

愛用ギター Gibson ES-175

ハーブ・エリスはキャリアのほとんどを、Gibson ES-175というギターと共に過ごしました。特に1953年製のES-175が、生涯のメイン機になります。
その後、自身の名を冠したシグネチャーモデル・Gibson ES-165 Herb Ellisモデルも、ギブソンから発売されました。ES-165はES-175をベースに、より生音が響くように設計されています。

登場時期と構造

ES-175は1949年に登場し、現在に至るまで製造されているロングセラーモデルです。最大の特徴はボディ材に、合板のフルアコースティックギターを採用している点です。単板削り出しのギター(L-5など)と比較して、合板はコストカットの目的もあったようです。結果的に、独自の音色と実用性をもたらしました。

音色と演奏性

合板ボディはボディ鳴りが適度に抑えられるため、アンプからの出音が良く、ハウリングに強いというメリットがあります。トーンのシェイプが綺麗で、抜ける音を出すことができ、コンテンポラリー系のジャズプレイヤーに広く支持されています。
1960年前後のモデルには「PAF」と呼ばれるピックアップが搭載されており、ナチュラルなサウンドが特徴です。
このギターは誰が弾いても良い音が出やすく、音作りが簡単で、どのようなセッティングでも安定したトーンイメージを得やすいという利点があります。

ハーブ・エリスとの関係

ハーブ・エリスはキャリアのほとんどをGibson ES-175と共に過ごし、1953年製のES-175が生涯のメイン機だったと言われています。彼が所有していた1958年モデルのES-175をベースに、ギブソン社から自身のシグネチャーモデルであるGibson ES-165 Herb Ellisモデルが開発・販売されました。
ES-165はES-175よりも、生音がよく響くように設計されたとも言われています。彼のアルバム『Nothing But The Blues』の解説で、愛器がES-175であると記載されています。

その他の著名な使用ギタリスト
ハーブ・エリスの他にも、ES-175は多くのジャズギタリストに愛用されています。例えばジム・ホールジョー・パスウェス・モンゴメリーケニー・バレルパット・メセニー(初期)、ジョナサン・クライスバーグなどが挙げられます。また、ロック系のギタリストであるスティーヴ・ハウも使用しており、ハウリングに強いES-175の守備範囲の広さを示しています。

ハーブ・エリスの深掘り:テクニックと音楽哲学

ハーブ・エリスの音楽は表面的な親しみやすさだけでなく、深く掘り下げるほどにその卓越した技術と哲学が見えてきます。ここでは彼のジャズにおける重要な側面を、Q&A形式で掘り下げていきます。

Q1: オスカー・ピーターソン・トリオでの役割とは?

エリスは1953年から1958年までのおよそ5年間、オスカー・ピーターソン・トリオの長年のメンバーとして、ベーシストのレイ・ブラウンと共に活動しました。彼自身もこのトリオでの演奏が、自身のキャリアのハイライトだったと回想しています。
ピーターソンは「彼らがそれぞれの楽器で最高だから」「私たちにはたくさん、本当に難しいアレンジがあった」と述べています。

エリスがジミー・ドーシーのバンドにいた頃、オスカー・ピーターソンが演奏するトリオを訪れた際に知り合います。数年後、ピーターソンがギタリストを探していた際に、エリスに声をかけたのでした。

ピーターソン・トリオ脱退後、約10年後の1969年に2人は再会します。このとき名盤『ハロー・ハービーを録音しました。エリスの躍動感あふれるギターと素晴らしいバッキングが楽しめます。
ピーターソン時代のアルバムとしては、1956年の
『シェークスピア・フェスティヴァルのオスカー・ピーターソン・トリオ』もおすすめです。このライブアルバムではピーターソン、ブラウン、エリスの3本のラインが複雑に絡み合い、ギターのドライブ感は他に類を見ないほどです。

エリスのピーターソン・トリオでの演奏は、流麗なソロとピーターソンのピアノ、レイ・ブラウンのベースとの絶妙なインタープレイが、多くのジャズファンを魅了しました。
オスカー・ピーターソンには「ちょっとやそっとのギタリストでは雇われない」という不文律があったと言われており、バーニー・ケッセルやジョー・パスといった名手も在籍しています。
その中にあってもピーターソン、レイ・ブラウン、ハーブ・エリスのトリオは、インストゥルメンタルで最も成功した組み合わせの一つでした。

Q2: 彼の「シェイプ・システム」と「歌うように弾く」哲学とは?

ジャズギターの教育や演奏においてハーブ・エリスが最も重要視したのは、「歌心」溢れる演奏と、コードの「形(シェイプ)」に基づいた自然なアプローチ、卓越したバッキング技術でした。

「歌うように弾く」哲学(Playing as Singing)

エリスは、ジャズのインプロヴィゼーションを「歌うように弾く、または弾くように歌う」ことと密接に結びつけていました。
彼が尊敬するジョー・パス、ウェス・モンゴメリー、ジョージ・ベンソン、オスカー・ピーターソン、レイ・ブラウンといった偉大なミュージシャンたちは皆、この実践をしていると語っています。このアプローチこそが「本物の音楽」を生み出す、唯一の方法だと強調しました。
演奏にユーモアを取り入れることを重視し、「ユーモアのない演奏は無味乾燥だ」とまで述べています。彼の演奏は聴く人が一緒に歌いたくなるような、親しみやすいメロディーが特徴です。

「シェイプ・システム」による学習法

エリスは晩年の教則本で、「シェイプ・システム (Shape System)」という独自の学習法を提唱しました。これは無限に存在するスケールパターンやモード、アルペジオを覚えるのではなく、基本的なコードの「形(シェイプ)」に関連付けてメロディを考えるというアプローチです。
このシステムはスケール練習の退屈さから解放し、より自然で音楽的なサウンドを生み出すことを目的としていました。

卓越したバッキング技術と「間合い」の感覚

エリスはソロプレイヤーとしてだけでなく、バッキング(伴奏)の名手としても高く評価されています。オスカー・ピーターソン・トリオでの経験を通じて、シンプルながらも絶妙なノリのバッキングを培いました。
彼は伴奏が「芸術」であると考え、多くのギタリストがソロに偏りがちである中、バッキングの重要性を強調しています。
共演者との「間合い」の取り方、つまり相手が演奏しているときにどれだけ控えめに、自分がソロを弾くときにどれだけ前に出るかというバランス感覚も、達人の域に達していました。
ドラムレスのトリオではお互いの邪魔にならないように、「何を弾かないか」を学ぶことが重要だと語っています。

「編集」としての即興演奏

エリスは即興演奏を、創造することと同様に「編集する」ことと捉えていました。より力強いメロディーを生み出すためには、何を省くべきか学ぶことが重要であるという考えです。

ブルースとカントリーのフィーリング

テキサス出身である彼のルーツから、ブルースやカントリーミュージックの要素が彼のジャズに絶妙にブレンドされていました。この独自の「ブルースっぽさ」は黒人音楽とは異なる、素朴で陽気な明るさを持っていいます。
彼はこの「スーパーグルーヴ」なスタイルで、ブルースとカントリーの要素をジャズに落とし込んだスーパーレジェンドと称されています。

リズムとメロディーの優先

ジャズ音楽の主要な要素として、リズム(リズミカルな演奏、タイム感)を最優先し、次にメロディー、ハーモニーを挙げています。多くの音を弾くことよりも、心地よいリズムとメロディーが重要だと強調しました。

ピッキング技術

テンポの速いフレーズでも安定して弾ける、ピッキングテクニックが圧巻です。硬いピックを弦に対して斜めに当てて弾くことを推奨し、ピックを強く握りすぎないこと、無駄な動きをしない「エコノミーピッキング」の重要性を説きました。すべての音をピッキングする必要はないとも述べています。

これらの要素が組み合わさって、ハーブ・エリスの「いぶし銀」と称される温かく人間味あふれるジャズギターサウンドが形成されました。

単に技術的な問題だけでなく、音楽が自分の中から湧き出るものであるという信念に基づいています。彼はこのアプローチこそが「本物の音楽」を生み出す、唯一の方法だと強調しています。

Q3: 他のギタリストとの共演から見る彼の個性は?

ハーブ・エリスは他のレジェンドギタリストとの共演でも、その個性を際立たせています。特にジョー・パスとは数多くのデュオ作品を残し、お互いを高め合う「早弾き合戦」を繰り広げました。
彼らはお互いの演奏を尊重し、時には同時にソロを弾くという危険な領域にも踏み込みましたが、その無私な精神と完璧な「間合い」で素晴らしい音楽を創造しました。

ジャズギターのパイオニアであるチャーリー・クリスチャンは、ハーブ・エリスに大きな影響を与えました。クリスチャンを聴いてジャズギターの世界に飛び込んだエリスは、彼のテナーサックスのようなフレージングに感銘を受け、自身のスタイルを確立していきます。
しかしクリスチャンが「短いフレーズで多くを語る」スタイルだったのに対し、エリスはテキサス出身らしいヒルビリー調のブルースフィーリングを加え、より個性的な表現を追求しました。

バーニー・ケッセルはしばしば比較されるギタリストですが、ケッセルが「グイグイと突き上げてくるガッツあるプレイ」 を見せるのに対し、エリスはより「いぶし銀」で、一聴すると明確な個性は聞こえないものの、聴けば聴くほど深い味わいが魅力です。

ハーブ・エリスの必聴名盤5選

ハーブ・エリスの魅力を深く味わうためには、実際に彼の音楽を聴くことが一番です。ここでは初心者から愛好家まで楽しめる必聴の名盤を、5枚ご紹介します。

1. 『Hello Herbie』 (1969)

2. 『Nothing but the Blues』 (1957)

3. 『Man with the Guitar』 (1965)

4. 『Seven, Come Eleven』 (1974)

5. 『Sweet And Lovely』 (1984)

ハーブ・エリスが遺したジャズギターの真髄

ジャズギタリスト、ハーブ・エリスの多岐にわたる魅力についてご紹介してきました。彼の音楽はテキサス出身らしい温かくブルージーな歌心と、聴く人を惹きつける躍動感に満ちています。
オスカー・ピーターソンやエラ・フィッツジェラルドといった巨匠たちとの共演で培われた卓越したバッキング技術と、ジョー・パスとのデュオで見せたスリリングなインタープレイは、彼が単なるソリストに留まらない真の「社会的な音楽家」であったことを示しています。

彼の「歌うように弾く」哲学や「シェイプ・システム」は、ジャズギターを学ぶ多くの人々にとって今なお価値ある指針となっています。

ハーブ・エリスの音楽は、ジャズギターの歴史において「いぶし銀」のような輝きを放ち続けています。派手さだけではない、深い味わいと人間味溢れる彼のサウンドは、きっとあなたの心にも響くはずです。
ぜひ今回ご紹介した名盤を手に取り、ハーブ・エリスが紡ぎ出すジャズギターの真髄を体験してください。彼の残した音楽の旅は、まだまだ続きます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました