愛した夫は別人だった…映画『ある男』衝撃の真実と「私とは何か」を問う傑作ヒューマンミステリー

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愛したはずの夫は、全くの別人でした――映画『ある男』が問いかける「私とは何か?」

誰もが一度は、「もし自分以外の人生を歩めたら」と考えたことがあるのではないでしょうか?
私たちのアイデンティティは名前や出自、社会的な立場によって形成される一方で、時に重い枷となり、私たちを苦しめることもあります。
映画『ある男』は、そんな普遍的な問いを、衝撃的なミステリーとして描いた傑作です。

この記事を読めば、あなたは『ある男』の奥深いテーマや緻密な演出、そして豪華俳優陣の熱演をより深く理解し、ひいては「自分とは何か」という問いに対する新たな視点を得られるでしょう。
誰もがこのヒューマンミステリーの世界に没入できるよう、本作の魅力を徹底的に解説していきます。

映画『ある男』とは? – まずは知っておきたい基本情報と衝撃のあらすじ

【映画の概要】愛した夫は別人だった…?謎が謎を呼ぶヒューマンミステリー

2022年11月18日に公開された映画『ある男』は、芥川賞作家である平野啓一郎氏の同名ベストセラー小説を原作としています。監督は『愚行録』や『蜜蜂と遠雷』などで国内外から高い評価を得ている石川慶氏が務め、妻夫木聡さん、安藤サクラさん、窪田正孝さんといった日本を代表する実力派俳優陣が共演しました。

本作は、公開初週末の邦画実写作品で第1位を獲得し、レビューサイトFilmarksでは初日満足度ランキングでも1位に輝くなど、公開当初から高い評価を受けています。
さらに、国内外の映画祭でも注目を集め、第79回ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に正式出品され、5分にわたるスタンディングオベーションを受けました。
第27回釜山国際映画祭ではクロージング作品として上映され、第44回カイロ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門では最優秀脚本賞を受賞するなど、世界的にもそのクオリティが認められています。
国内では第46回日本アカデミー賞で最優秀作品賞を含む最多8部門を受賞し、2022年を代表する作品となりました。

【あらすじ】幸せな家庭を襲う衝撃の真実

物語は弁護士の城戸(妻夫木聡)が、依頼者の里枝(安藤サクラ)から奇妙な身元調査の相談を受けるところから始まります。里枝は離婚を経験した後、子供を連れて故郷の宮崎に戻り、そこで出会った「谷口大祐」(窪田正孝)と再婚し、新たに生まれた子供と4人で幸せな家庭を築いていました。

しかし、ある日突然、夫の大祐が不慮の事故で命を落としてしまいます。悲しみに暮れる一家のもとに、長年疎遠になっていた大祐の兄・恭一(眞島秀和)が法要に訪れますが、遺影を見た恭一は「これ、大祐じゃないです」と衝撃の事実を告げます。愛したはずの夫「大祐」は、名前もわからないまったくの別人だったのです。

里枝は、亡き夫の「ある男」(X)の身元を調べるため、弁護士の城戸に依頼します。城戸は「ある男」の正体を追う中で、やがて驚くべき真実に近づき、自身のアイデンティティにも葛藤を深めていくことになります。

豪華キャストとそれぞれの「ある男」

どなたにも本作を十分に楽しめるよう、まずは主要キャストと彼らが演じるキャラクターに注目してみましょう。この映画の大きな見どころの一つは、日本映画界屈指のオールスターキャストが結集している点です。

城戸章良(妻夫木聡: 亡くなった夫の身元を追う弁護士。彼自身も在日コリアン三世であり、自身のアイデンティティに悩みを抱えています。
谷口里枝(安藤サクラ: 亡き夫が別人だったという衝撃の事実を受け止める依頼者。彼女の繊細かつ力強い演技は、観客の心を深く揺さぶります。
谷口大祐 / “X”(窪田正孝: 里枝が愛した、しかし正体不明の夫。彼の悲しい過去と、別人として生きるしかなかった動機が物語の鍵となります。
谷口恭一(眞島秀和: 大祐の兄で、遺影を見て弟が別人だと見抜く人物。その「イヤミで嫌なヤツ」な演技は非常に印象的です。
小見浦憲男(柄本明: 戸籍交換を仲介するブローカー。妻夫木聡さん演じる城戸との対決シーンは圧巻です。
中北(小籔千豊: 城戸の同僚弁護士。意外な配役ながら、重要な役割を演じます。
谷口悠人(坂元愛登: 里枝の息子で、思春期の繊細な心情を表現する。彼の言葉は、作品のテーマを象徴しています。
後藤美涼(清野菜名: 本物の谷口大祐の元恋人。彼女の存在が“X”の過去を解き明かす手がかりとなります。

映画の冒頭とラストに登場するルネ・マグリットの絵画『複製禁止』は、鏡に映る男の後ろ姿が描かれているにもかかわらず、鏡の中にもまた背中が映るという、現実ではあり得ない不条理な構図です。この絵画は、自己のアイデンティティや真実の姿を探求する映画のテーマを象徴しており、鑑賞する際に注目すると、より深く作品の世界観を味わうことができます。

『ある男』が問いかける深遠なテーマと監督の意図

【テーマ解説】「私とは何か?」分人主義と社会の偏見

『ある男』は単なるミステリーに留まらず、人間の「アイデンティティ」や「社会の偏見」といった深遠なテーマを扱っています。原作者の平野啓一郎氏は、自身が提唱する「分人主義」という考え方を小説の根底に置いています。

平野啓一郎はこの十数年、自ら提唱する“分人主義”をベースにした小説や解説本を手がけており、2018年発表の「ある男」もその一冊。対人関係ごとに分化した異なる人格を“分人”と呼び、それら複数の人格すべてを「本当の自分」として肯定的に捉える考え方に基づく。

この分人主義は、「真の自分」が一つではなく、対峙する相手や環境によってさまざまな自分が現れるという考え方です。映画はこの思想を基盤に、戸籍を交換し別人として生きる「ある男」の姿を通して、「生まれや過去に左右されず、人は自分自身の生き方で価値が決まる」という力強いメッセージを伝えています。

しかしその一方で、本作は日本社会に根深く存在する「差別」や「偏見」の問題も鋭く描いています。

韓光勲(ライター): 「在日コリアンである」という出自は、本人の努力では変えられない事実でありながら、その一点だけで差別や偏見にさらされる」という理不尽さが強く描かれています。

主人公の弁護士・城戸は在日コリアン三世(実際には帰化しているのでれっきとした日本人ですが)として、また“X”は殺人犯の息子として、それぞれが「出自による呪縛」や「レッテル貼り」に苦しみます。映画は、こうした差別が日常の一部として根付いている現実を象徴的に描き出し、観客に「人は他者の過去や出自ではなく、その人自身と向き合うべきだ」という普遍的な問いを投げかけます。

【監督の演出意図】石川慶監督の緻密な世界観

石川慶監督は、『ある男』において、その卓越した演出力を遺憾なく発揮しています。彼の作品は、メジャー配給作品でありながらも、強固な作家性が貫かれていることで知られています。

寒色を強調した画作り: 「日本映画の風景」に独特の違和感をもたらし、説明台詞を極力排した引き締まった脚本と相まって、物語に深みを与えています。
考え抜かれた構図とロジカルな編集: ストーリーを語る上で、無駄を一切排除した端正な手つきで物語が展開されます。監督自身が編集も手掛けており、その粘り強い作業は「もう一度脚本を書いているような感覚」と語っています。
社会問題へのバランスの取れたアプローチ: 在日問題などのデリケートな社会問題をことさらフォーカスするのではなく、映画の中にバランス良く取り込むことを意識しました。

監督は「「邦画を作ろう」という思いがあった」と語り、ハリウッド映画が多様な主人公を描く中で、日本映画が取り残されていると感じていたそうです。また、ポーランド国立映画大学で演出を学んだ経験が、彼の独自の視点や作風に影響を与えていると指摘されています。

【制作エピソード】キャストの魅力と物語の奥行き

本作の魅力は、豪華キャスト陣の圧倒的な演技力によって一層際立っています。特に、妻夫木聡さん、安藤サクラさん、窪田正孝さんの演技は高く評価されています。

石川慶監督: (窪田正孝さんについて)向井さんが脚本を手がけられたタナダユキ監督の「ふがいない僕は空を見た」(2012)という作品を観て、窪田さんはそれほど大きな役ではなかったんですが、そのときのナイフみたいな存在感が忘れられなくて

窪田正孝さんは“X”の「父が人殺しであること、そしてその父の顔と自分がそっくりであることから鏡を見ると精神的に不安定になる」という複雑な内面を、肉体的な演技も交えながら見事に演じ切りました。
妻夫木聡さんは在日コリアンとしての葛藤を抱えながらも「あくまでいい人間、いい弁護士であろうとする複雑な心境」を、表情や声色の緩急で表現し、その演技の幅広さに驚かされます。
安藤サクラさんも初登場シーンから「うますぎる」と評されるほどで、里枝の「揺るぎなさ」を繊細に演じ分けています。

原作者の平野啓一郎氏は、柄本明さん演じる小見浦憲男の「アクの強いキャラクター」が映画では「遥かにその上を行っていた」と絶賛しており、眞島秀和さん演じる谷口恭一の「イヤミで嫌なヤツ」の演技も、物語に奥行きを与えています。

【Q&A】『ある男』が投げかける問いとラストシーンの意味

Q1: 映画『ある男』のラストシーンは、原作とどのように異なりますか?

琥珀糖さん(映画レビュー): 映画は原作と異なり、城戸が旅先のバーで客と話すシーンで終わっています。まるで谷口大祐に成り済ましたような城戸。このシーンに変えた脚本のアイデア、技アリと思った。

映画のラストでは、城戸がバーで出会った見知らぬ男に対して、まるで谷口大祐になりすますかのように彼の経歴を語り、名前を名乗ろうとした瞬間にスクリーンが暗転するという、余韻を残す演出がなされています。これは、城戸自身もまた、他人の人生を夢見たり、新しい生き方を模索する可能性を暗示しており、観客に「自分とは何者なのか?」という問いを強く投げかけます。
原作では城戸の葛藤や妻の浮気問題がより詳細に描写されている一方で、映画ではこれらの要素が城戸のアイデンティティの揺らぎを強調する形で描かれています。

Q2: ルネ・マグリットの絵画『複製禁止』は、映画にどのような意味をもたらしますか?

岩野陽花(ライター): 「真実の自己を映し出すもの」であるはずの鏡ですら、その人物の正体としての「顔」を映し出せないがゆえに、ただ「背中」だけがそこに映ると想像したのであろうマグリットの絵。

映画の冒頭とラストに象徴的に登場する『複製禁止』は、「顔のない肖像画」として登場人物たちのアイデンティティの不確かさや自己認識の難しさを表現しています。
戸籍交換によって人生を「複製」してきた“X”だけでなく、在日コリアンである城戸もまた、この絵画に描かれた「疎外感」を感じています。鏡や反射する窓など、「真実の自己を映し出すもの」としての装置が多用されることで、観客は「人は何によって自分であると証明されるのか」という問いを突きつけられます。

Q3: 「ある男」とは、具体的に誰を指しているのでしょうか?

ニコさん(映画レビュー): 事故死した男・大祐(窪田正孝)の過去を追う物語と思いきや、謎を追うことにのめり込んでいく、顔のない弁護士・城戸(妻夫木聡)こそが「ある男」だと改めて感じた。

「ある男」というタイトルは、里枝の夫であった“X”(原誠)だけでなく、彼を追う弁護士の城戸章良、さらには本物の谷口大祐、そして「自分とは何か?」と問いかける私たち観客自身をも指していると解釈できます。平野啓一郎氏自身も「自分とは何か?」という問いを作品の核に置きつつ、「愛」を最大のテーマとしています。
この映画は、さまざまな「ある男」たちの人生を通して、肩書きや過去に囚われず、今この瞬間に感じる愛や温かさを大切にすることが本当の幸せであるというメッセージを伝えています。

【名作・関連作品紹介】「私」を探す旅に誘う映画たち

『ある男』が問いかけるアイデンティティや差別のテーマは、古今東西の映画で描かれてきました。ここでは、本作をさらに深く理解するためにおすすめの関連作品を3作品紹介します。

『砂の器』 (1974年公開)  松本清張の代表作を映画化した本作は、殺人事件の犯人を追う刑事の視点から、過酷な出自を変えるために別人になりすます男の悲しい過去が明らかになる物語です。戸籍制度を背景にした「なりすまし」という点で、『ある男』の「令和時代の『砂の器』」とも評されることがあります。生い立ちから逃れようとする人間の苦悩と、それが生み出す悲劇を描いた、日本映画史に残る傑作です。

『GO』 (2001年公開):金城一紀の小説を窪塚洋介主演で映画化した青春映画です。在日韓国人という自身のアイデンティティに悩みながらも、恋や友情を通して「自分」に目覚めていく高校生の姿を描いています。『ある男』で描かれる城戸の在日コリアンとしての葛藤と通じる部分があり、異文化の中で自己を確立することの難しさと尊さを感じさせる作品です。

『FLEE フリー』 (2020年公開) アフガニスタンからデンマークへ逃れたアミンが、恋人にも話していない過去の秘密を抱えながら自身のセクシュアリティと故郷、そしてアイデンティティに向き合うドキュメンタリーアニメーションです。米国アカデミー賞で3部門にノミネートされる快挙を達成しました。
『ある男』が問いかける「自らを生きる」という意味や、「過去とどう折り合いをつけるか」という点で、共通のテーマが深く掘り下げられています。

「自分とは何か?」答えのない問いを胸に

映画『ある男』は、「愛したはずの夫は、全くの別人でした」という衝撃的な導入から始まり、私たち観客に「自分とは何か?」という根源的な問いを突きつける作品です。戸籍を交換して別人として生きる男の人生を追う中で、アイデンティティ、出自による差別、そして真の愛の姿が浮き彫りになります。

石川慶監督の緻密な演出と、妻夫木聡さん、安藤サクラさん、窪田正孝さんをはじめとする豪華キャスト陣の魂を揺さぶる演技は、物語に深遠な感動と余韻をもたらします。本作は、国内外の映画祭で高く評価され、日本アカデミー賞でも最多8部門を受賞するなど、その質の高さは揺るぎないものです。

観終わった後も、あなたの心には「名前ではない、その人自身と向き合うことの重要性」や「今を大切に生きること」というメッセージが深く刻まれることでしょう。ぜひ、この機会に『ある男』を鑑賞し、あなた自身の「私とは何か?」という問いに向き合う旅に出てみてはいかがでしょうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。この映画が、あなたの心に何か温かい光を灯すきっかけとなれば幸いです。

 

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