ウエストコースト・ジャズの世界へようこそ!太陽が育んだ「クール」な響きを深掘り
ジャズと聞いて、あなたはどんなイメージを抱きますか?
ニューヨークの熱気あふれるナイトクラブで繰り広げられる、汗が飛び散るような激しいアドリブ合戦? それもジャズの魅力の一つですが、アメリカ大陸の反対側西海岸には全く異なる、しかし深く魅力的なジャズの世界が広がっていました。それがウエストコースト・ジャズ(West Coast Jazz)です。
「ジャズは難しい」と感じている方、「東海岸ジャズならよく聴くけど、西海岸ジャズはあまり知らない」という方もいるかもしれません。ウエストコースト・ジャズの穏やかで洗練されたサウンドは誰にとっても親しみやすく、奥深い魅力を持っています。
この記事では、「ジャズは難しい」と感じていた初心者の方から、「もっと深く知りたい」というベテランのジャズファンまで、誰もが楽しめるようウエストコースト・ジャズの基本から知られざるエピソード、必聴の名盤までを解説します。
この記事を読めばきっとあなたのジャズの世界が広がり、カリフォルニアの心地よい風を感じられるような新たな音楽体験が待っているはずです。さあ、西海岸ジャズの奥深い魅力に触れていきましょう!
基本解説:ウエストコースト・ジャズとは?
ウエストコースト・ジャズは、1950年代にロサンゼルスとサンフランシスコを中心に発展したジャズのスタイルです。しばしばクール・ジャズのサブジャンルと見なされ、その名の通り、穏やかで落ち着いた雰囲気が特徴です。
ウエストコースト・ジャズの3つの大きな特徴
ウエストコースト・ジャズを理解する上で、まず押さえておきたい3つのポイントがあります。
穏やかで洗練されたサウンド
東海岸で主流だったビバップやハードバップの激しい即興演奏や、汗が飛び散るようなワイルドさとは対照的に、ウエストコースト・ジャズはよりメロウでリラックスしたサウンドが特徴です。ビブラートを抑えた透明感のある音色、ライトでソフト、そしてドライなトーンクオリティ、抑制された感情表現、そして演奏全体に漂う「クール」な雰囲気が魅力です。これは、聴き心地が良く、尖った部分のない小綺麗な音楽、または心安らぐ精神安定剤のようなレコードと評されることもあります。
アレンジとアンサンブル重視
即興ソロが主役のビバップに対し、ウエストコースト・ジャズでは事前のや緻密なアレンジ、そしてバンド全体のアンサンブルが非常に重要視されました。ビバップのコンボアレンジがシンプルでほとんど書かれず、ヘッドとソロがメインだったのに対し、クールジャズではアレンジと即興ソロの両方が重要とされました。事前に書かれた譜面を基にした演奏が多く、グループとしての統一感や調和を大切にします。
多様な楽器編成への挑戦
ウエストコースト・ジャズは、従来のトリオ、カルテット、クインテットといった小編成だけでなく、オクテット(8人編成)、ノネット(9人編成)、デクテット(10人編成)といった大人数のグループ編成を試みました。さらに、ジャズでは珍しいフレンチホルンやチューバといったクラシック音楽の楽器が取り入れられたり、時にはピアノやギターのような和音楽器をあえて排除した「ピアノレス・カルテット」(ジェリー・マリガン・カルテットなど)も登場しました。これにより、よりオープンで多様な、豊かなサウンドが追求されました。
なぜ西海岸で生まれたの?その背景と文化的土壌
このユニークなジャズスタイルが西海岸で花開いた背景には、いくつかの文化的・経済的な要因があります。
映画産業の隆盛とミュージシャンの流入:第二次世界大戦終結後、東海岸が不況に見舞われる中、ハリウッドを中心とした映画産業は安定した成長を続け、多くのミュージシャンをロサンゼルスに引き寄せました。映画音楽の制作に、高い楽譜読解能力と緻密なアレンジができるスタジオミュージシャンが必要とされたためです。
そのため西海岸のジャズシーンでは、幼い頃から高度な音楽教育を受けた白人ミュージシャンの比率が非常に高かったのも特徴です。
「リラックスしたライフスタイル」:カリフォルニアの温暖な気候や、オープンロードやサンタモニカビーチでのサーフィンを連想させるような、開放的でリラックスした雰囲気が、音楽のスタイルにも影響を与えたと言われています。労働争議での「冷却期間(cooling off period)」という言葉や、ジェームズ・ボンドのような「クール」なフィクションのヒーロー像も、当時のアメリカ社会の価値観を反映していました。
レコードレーベルの活動と新しい聴衆の獲得:ポスト・ワールド・ウォーII期、ジャズは大きく変化し、ウエストコーストとイーストコーストに分類されるようになりました。ロサンゼルスを拠点とするパシフィック・ジャズやコンテンポラリー・レコードといった独立レーベルが、ウエストコースト・ジャズのアーティストを積極的にプロモーションし、音楽の普及に貢献します。
デイヴ・ブルーベックなどのアーティストが大学キャンパスで演奏活動を行ったことで、ジャズに馴染みのなかった若者層にも音楽が広がり、ジャズを再びメインストリームへと押し上げる役割を果たしました。
深掘りパート:ウエストコースト・ジャズの真髄と知られざる側面
初心者向けの基本的な特徴を掴んだら、次にウエストコースト・ジャズのより深い世界へと足を踏み入れてみましょう。単なる「クール」や「リラックス」だけでは語り尽くせない、その奥深さが見えてきます。
東海岸ジャズとの決定的な違いと議論
ウエストコースト・ジャズを語る上で避けて通れないのが、東海岸ジャズ(特にハードバップ)との対比です。
東海岸のジャズが「ホットで激しい、ブルース色が濃く、即興演奏の技量を競い合う」スタイルだったのに対し、ウエストコースト・ジャズは「知的でクール、メロディアスでアレンジ重視」という特徴で語られてきました。
この単純な二分法は、当時のレコード会社やメディアによって「露骨に誇張されて作られた」側面もあったと、現在では指摘されています。
この「東海岸 vs 西海岸」の構図は、人種的な側面とも結びつけられることがありました。
西海岸ジャズは白人ミュージシャンが中心と見なされがちでしたが、実際にはカーティス・カウンセ、ジョン・ルイス、チコ・ハミルトン、ハンプトン・ホーズ、バディ・コレット、デクスター・ゴードン、チャールズ・ミンガス、エリック・ドルフィーなど、数多くの優れたアフリカ系アメリカ人ミュージシャンが活躍しています。
彼らの多くは東海岸のハードバップに劣らない、「ホット」な演奏を繰り広げていました。
ジャズの歴史家やジャーナリストの間でも、ウエストコースト・ジャズの定義については「限定的な一貫性しかない」という見解があります。
あるジャズ評論家はウエストコースト・ジャズを「演奏法として定義できない曖昧なジャンル」と捉え、「年代と地理で言い切ってしまうのが一番的を得ている」と述べています。
つまり、単に音楽のスタイルだけで判断するのではなく、その時代の西海岸で活況を呈していたジャズシーン全体を指す言葉として理解するのが適切でしょう。
クラシック音楽からの影響と革新性
ウエストコースト・ジャズのもう一つの重要な側面は、クラシック音楽からの深い影響です。
緻密なアレンジと対位法:多くのウエストコーストのミュージシャンは、正式な音楽教育を受けており、20世紀のクラシック作曲家(ストラヴィンスキーなど)からインスピレーションを得て、複雑なアレンジや対位法(複数のメロディラインを同時に進行させる技法)を多用しました。これは映画音楽の仕事で求められる譜面への強さとも、合致しています。
例えばジェリー・マリガンとチェット・ベイカーの織りなす対位法の妙は、全国で模倣されました。レニー・トリスターノのように現代音楽を学んだピアニストも、クールジャズの先駆者として挙げられます。
変拍子への挑戦:デイヴ・ブルーベック・カルテットのアルバム『Time Out』は、5拍子や9拍子といった当時としては画期的な変拍子をジャズに取り入れ、大衆的な成功を収めました。この音楽には、ヨーロッパの民族音楽やクラシック音楽からの影響が色濃く出ています。
具体的紹介パート:ウエストコースト・ジャズを代表する名盤&アーティスト
ここからはウエストコースト・ジャズの魅力を存分に味わえる、珠玉の名盤と主要アーティストをご紹介します。ぜひあなたのプレイリストに加えて、西海岸の心地よいサウンドを体験してください。
マイルス・デイヴィス – 『Birth of the Cool』
クール・ジャズ、そしてウエストコースト・ジャズの原点とも言えるアルバムです。トランペット、アルト・サックス、バリトン・サックスに加えて、フレンチホルンとチューバという異色の9人編成(ノネット)で、ビバップの熱狂とは一線を画す、落ち着いたハーモニーと緻密なアンサンブルを提示しました。
マイルス自身は東海岸のアーティストですが、このアルバムのサウンドが西海岸のジャズに多大な影響を与えます。
マイルス・デイヴィスはクール・ジャズだけでなく、ハードバップ、モードジャズ、フュージョンなど、多様なジャズスタイルで革新をもたらした偉大な音楽家です。
ジェリー・マリガン・カルテット with チェット・ベイカー – 『The Best of… with Chet Baker』
バリトン・サックス奏者のジェリー・マリガンとトランペット奏者のチェット・ベイカーが組んだ、ピアノレス・カルテットの伝説的な名盤です。ピアノがないことで、各楽器の音がより際立ち、マリガンの巧みなアレンジによる対位法の妙が光ります。
チェット・ベイカーの叙情的でソフトなトランペットと、歌うようなボーカル(『Chet Baker Sings』など)は、ウエストコースト・ジャズの象徴とも言えるでしょう。
彼らの即座の成功は多くの若いミュージシャンによる模倣を生み、才能がロサンゼルスに集まるきっかけとなりました。
デイヴ・ブルーベック・カルテット – 『Time Out』
「テイク・ファイヴ」の大ヒットで知られる、デイヴ・ブルーベックの代表作です。
このアルバムは5拍子や9拍子といった変則的なリズムを大胆に取り入れ、ジャズに新たな可能性をもたらしました。クラシック音楽や民族音楽からの影響を感じさせる、知的でありながらもポップで聴きやすいメロディを、ジャズをより多くの人々の耳に届けます。
1950年代にジャズを大学キャンパスに持ち込み、新しい聴衆を開拓した功績も大きなものです。
アート・ペッパー – 『Art Pepper Meets the Rhythm Section』
アルト・サックス奏者のアート・ペッパーが、マイルス・デイヴィスのリズム・セクション(レッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズ)と共演した傑作です。突発的な機会によって実現したこのセッションは、息をのむような自発性と感情を湛えています。
ペッパーの感情豊かで情熱的な演奏スタイルが、クール・ジャズの枠を超えた「ホット」な一面を西海岸ジャズに見せてくれます。
彼の叙情的で美しい音色は、「Mr.ウエストコースト・ジャズ」と讃えられるにふさわしいものです。
シェリー・マン & ヒズ・メン – 『My Fair Lady』
ドラマーのシェリー・マンは、ウエストコースト・ジャズのリズムセクションの中心人物であり、その卓越した多様なリズム感はジャンルを定義する要素となりました。
このアルバムはミュージカル「マイ・フェア・レディ」の楽曲をジャズアレンジしたもので、ジャズの定番曲ではなく、敢えてミュージカルの楽曲を取り上げることで、ウエストコースト・ジャズのアレンジ重視の側面が色濃く表れています。
ピアニストにはクラシック畑の若きアンドレ・プレヴィンが参加しており、洗練された演奏が楽しめます。
続いて上記ほど有名ではないものの、素晴らしいウェストコースト・ジャズの名盤として、以下の3枚をご紹介します。
ハロルド・ランド『The Fox』
この1959年8月録音のアルバムは、ウェストコースト・ジャズの代表的な作品でありながら、その内容が一般的なウェストコースト・ジャズのイメージとは異なると評価されています。
ハロルド・ランドのテナーサックスは力感溢れるストレートなブロウで、東海岸のハードバップを思わせる熱気溢れるプレイが特徴です。一方でテナーの音は乾いており、ファンクネスやブルージーさとは無縁という、ウェストコースト・ジャズの側面も持ち合わせています。
かつては「マニアのみに知られる存在」でしたが、その演奏は「水準高く熱い」と評されており、トランペットのデュプリー・ボルトンも印象的な熱演を繰り広げています。
このアルバムは、よくアレンジされクールにコントロールされたジャズというウェストコースト・ジャズの一般的な印象に反し、熱くストレートな演奏が楽しめる点で、その奥深さを示しています。
アート・ペッパー『モダン・アート』
アート・ペッパーの代表作の一つで、1956年から1957年にかけて録音されたワン・ホーン・カルテット編成のアルバムです。この作品は「癒しと美しさが詰まったウェスト・コースト・ジャズの傑作」と評され、ペッパーの抒情的で穏やかながらも内に秘めた情熱が感じられる音楽スタイルが凝縮されています。
特にアルバムの冒頭と最後を飾る「ブルース・イン」と「ブルース・アウト」では、ベースのベン・タッカーとのデュオで、アート・ペッパーの非常に美しいアルトサックスの音色を堪能できます。
タイトル自体も「小洒落たセンス」を持つダブルミーニングです。疲れた一日の終わりなどに聴けば、「とても癒される」愛聴盤として推薦されています。
テッド・ブラウン『Free Wheeling』
「ウェスト・コースト・ジャズの魅力が詰まった名作」として紹介されることの多いアルバムです。そのサウンドは軽やかで洗練されており、私たちに「癒しと喜び」をもたらします。
テッド・ブラウンはアート・ペッパーやチェット・ベイカーほど広く知られているわけではありませんが、その音楽性は高く評価されています。ウェストコースト・ジャズの多様な魅力を象徴する作品の一つです。
ウエストコースト・ジャズが拓いた無限の可能性
ウエストコースト・ジャズはジャズの多様性と進化を示す重要な一章として、かつての輝きを今も放ち続けています。カリフォルニアの開放的な空気と映画産業が育んだ技術力、クラシック音楽からのインスピレーションが融合し、穏やかでありながらも知的な、時に情熱的なサウンドを生み出しました。
ウエストコースト・ジャズはそのスムーズで洗練されたサウンドと、緻密なアレンジへの重点が、1950年代後半から1960年代初頭のボサノヴァの発展にも影響を与えます。
スタン・ゲッツのようなアーティストは、ウエストコーストのミュージシャンとの共演を通じて落ち着いた雰囲気とブラジリアン・ボサノヴァのリズムの微妙なニュアンスを融合させ、両ジャンルの架け橋となりました。
さらにそのメロディックな即興演奏とアンサンブルの重視は、後のモード・ジャズや1970年代のジャズ・フュージョンの進化にも影響を与え、ジャズの幅広い伝統の中でその永続的な遺産を確固たるものにしています。
この記事を通じてあなたがウエストコースト・ジャズの奥深い魅力に触れ、新たな音楽の扉を開くきっかけになれば幸いです。
今回紹介した名盤やアーティスト以外にも、テッド・ジョイアがその多様性を賞賛するような、素晴らしい作品が数多く存在します。
ぜひ、あなた自身の「クール」なジャズの旅を始めてみてください。きっと、お気に入りの一枚に出会えるはずです!
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