ホルスト『惑星』は「オカルト」だった?!時代の不安と神秘を描いた20世紀の名曲を深掘り

クラシック音楽

クラシック音楽と聞いて真っ先に頭に浮かぶ名曲の一つが、グスターヴ・ホルストの組曲「惑星」ではありませんか。運動会やお祝いの席で耳にする「木星」の雄大なメロディは、きっと誰もが一度は耳にしたことがあるはずです。しかし「木星」以外の「惑星」の音楽や、ホルストがなぜこの曲を作曲したのか、その背景にある意味をご存知ですか?

この記事では誰もが「惑星」の世界に深く没入できるよう、その魅力を多角的に掘り下げていきます
ホルストが占星術から着想を得た経緯、東洋思想への傾倒「冥王星」を巡る未完の物語映画音楽への絶大な影響珠玉の名盤を厳選してご紹介。さあ、ホルストが描いた壮大な宇宙の音楽の旅に出かけましょう。

壮大な宇宙への第一歩

「惑星」が愛される理由:分かりやすい世界観と鑑賞のポイント

ホルストの組曲「惑星」がこれほど多くの人に愛され、音楽の授業でも頻繁に取り上げられるのは、曲の雰囲気や構成が直感的に楽しめるためです。ホルストは天文学的な惑星ではなく、占星術における惑星の「性格」に着想を得て、それぞれの曲を作曲しました。だからこそ聴く人は、音楽から惑星のイメージを直接感じ取ることができるのです。

「惑星」各楽章の占星術的性格

第1曲:火星、戦争をもたらす者 (Mars, the Bringer of War)
不穏なリズムと金管楽器の咆哮が、戦いの緊張感と破壊力を表現します。5拍子のリズムが特徴的です。
第2曲:金星、平和をもたらす者 (Venus, the Bringer of Peace)
穏やかで美しい旋律が、安らぎと優しさを感じさせます。ホルンやフルートのソロが印象的です。
第3曲:水星、翼のある使者 (Mercury, the Winged Messenger)
軽快で目まぐるしい音の動きが、素早い使者の姿や知性を表現します。比較的短い楽章です。
第4曲:木星、快楽をもたらす者 (Jupiter, the Bringer of Jollity)
陽気で祝祭的な雰囲気の中に、誰もが知る雄大なメロディ(サクステッド)が登場します。喜びと祝祭に満ちています。
第5曲:土星、老いをもたらす者 (Saturn, the Bringer of Old Age)
重々しい足取りで始まり、時の流れや老い、そして避けられない運命を描写します。瞑想的な部分と爆発的な部分の対比が鮮烈です。
第6曲:天王星、魔術師 (Uranus, the Magician)
神秘的でユーモラス、そして時に不気味な音楽が、魔術師の気まぐれな魔法を表現します。
第7曲:海王星、神秘主義者 (Neptune, the Mystic)
全体的に静かで幻想的な雰囲気で、遠い宇宙の神秘や広がりを感じさせます。舞台裏の女声合唱が特徴的です。

まずは「火星」と「木星」から!組曲の魅力を体験

初めて聴かれる方には、「火星」「木星」の2曲から聴き始めることをお強くお勧めします。この2曲は組曲全体の雰囲気を掴むのに最適であり、意外な共通点も隠されています。

1. 戦いの神「火星」:迫り来る緊張感と圧倒的な力

「火星、戦争をもたらす者」は、その名の通り、戦いを連想させる強烈なリズムと重厚な響きが特徴です。

聴き方のポイント

5拍子の不穏なリズム: 曲の冒頭から繰り返される、どこか不穏な5拍子のリズムに耳を傾けてみてください。これは、第一次世界大戦の開戦直前に作曲されたこともあり、戦争への予見的な響きを持つとも言われています。
金管楽器の咆哮: トランペットやトロンボーン、ホルンといった金管楽器が力強く、時に不協和音を奏でながら、戦場の緊迫感や破壊力を表現します。
コル・レーニョ奏法: 弦楽器奏者が弓の木の部分で弦を叩く「コル・レーニョ」という特殊な奏法が、刻々と迫り来る不穏な空気を表現しています。
映画音楽との関連: この曲の終盤の和音構成や、強烈なリズムは、後の映画『スター・ウォーズ』のメインテーマダース・ベイダーのテーマに大きな影響を与えたと言われています。その共通点を感じながら聴いてみるのも面白いでしょう。

2. 快楽の神「木星」:喜びと雄大なメロディ

「木星、快楽をもたらす者」は、組曲の中でも最も有名で、陽気で祝祭的な雰囲気に満ちています。

聴き方のポイント

「サクステッド」のメロディ: 曲の中間部で現れる、ゆったりとして雄大なメロディは「サクステッド」として独立して親しまれています。この旋律は、イギリスの愛国歌や聖歌としても歌われています。
喜びと高揚感: 金管楽器が活躍するファンファーレ的な部分や、全楽器が一体となって奏でるクライマックスは、聴く人に大きな喜びと高揚感を与えます。
「火星」との共通点: 実は「火星」と「木星」は、楽曲の場面展開に共通する形式が見られます。ホルストは同じメロディの高さや楽器を変えて展開させるなど、バッハやベートーヴェンから受け継がれた作曲技術を巧みに用いています。この隠れた共通点を見つけてみるのも、鑑賞の楽しみの一つです。

ホルストが描いた深遠な宇宙

占星術の先へ:ホルストの思想と「惑星」の真の意味

ホルストの組曲「惑星」は単なる天体の描写ではありません。その背後には、彼が深く傾倒した占星術、さらには神智学や東洋思想が深く関わっています。

ホルストと占星術、東洋への眼差し

ホルストは、作曲家アーノルド・バックスの弟で著述家のクリフォードから占星術の手ほどきを受け、この作品の構想にあたり、占星術における惑星とローマ神話の対応関係を研究しました。各楽章の副題(例:「戦争をもたらす者」)は、占星術における惑星の「運星」としての意味合いを強く示しており、単なる天文学的な「惑星」とは一線を画します。

さらにホルストは、インドの聖典を原語で読むためにサンスクリット語を独学し、インドをテーマにした作品(交響詩「インドラ」、歌劇「シータ」、歌曲集「リグ・ヴェーダ讃歌」など)を数多く残しています。彼の義理の弟は「グスターヴ・ホルストの宗教的な理念は仏教をベースにしていた」と述べています。

この「占星術」と「インド思想」を結びつけるものが、19世紀後半にヨーロッパで流行した「神智学」です。神智学はカトリック教会とは異なる信仰体系(オカルト)であり、「理性を越える人間の超自然的な力」を唱え、インド思想を取り入れながら広まり、当時の知識人層の「無意識や非合理主義への関心」という時代の潮流とも合致していました。

未完の「冥王星」を巡る議論

ホルストが組曲を完成させた1916年当時、冥王星はまだ発見されていませんでした。冥王星が発見されたのは1930年、ホルストが亡くなるわずか4年前のことです。 ホルスト自身は「冥王星」の作曲に着手したものの、未完のままこの世を去ったと言われています。
組曲「惑星」は終曲「海王星」の舞台裏の女声合唱によるフェードアウトで、太陽系の果て、その先の無限の宇宙を暗示して完結します。

しかし冥王星の発見後、「惑星」を未完成の作品と見なし、新たに「冥王星」を加えて完結させようとする作曲家たちが現れました。最も有名なのはコリン・マシューズによる『冥王星(Pluto, the renewer)』です。 マシューズ版「冥王星」を演奏する際は、オリジナルの「海王星」のフェードアウト部分をカットして直接「冥王星」に繋げるか、一度「海王星」で曲を終え、改めて「冥王星」に入るか、といった議論も生まれました。

2006年に冥王星が「準惑星」に降格されたことで、この「冥王星」追加の動きはさらに複雑な運命を辿ることになります。ホルストの意図と天文学の進歩、そして後世の解釈が交錯する「冥王星」の物語は、「惑星」という作品を語る上で欠かせない要素となっています。

オーケストレーションの妙技と映画音楽への影響

「惑星」はその革新的なオーケストレーションによっても、高く評価されています。ホルストは特殊楽器の多用や、歌詞のない女声合唱の使用、ソロとトゥッティの使い分けなどで、独特の音色と音響効果を引き出しました。

特に注目すべきは、その後の映画音楽への絶大な影響です。 例えばジョン・ウィリアムズの『スター・ウォーズ』の音楽は、「ホルストの『惑星』から非常に強くインスパイアされている」ことが広く認識されています。
特に「火星」の終盤に見られる和音の構成や強烈なリズムは、「スター・ウォーズ」のメインテーマやダース・ベイダーのテーマとの共通点が指摘されています。
他にもダニー・エルフマンの「バットマンのテーマ」や、ハンス・ジマーの作品にもホルスト的な傾向が見られるとされます。
このように「惑星」は単なるクラシック音楽の枠を超え、SFやファンタジー作品のサウンドトラックの「共通言語」として、現代の文化に深く根付いているのです。

名盤・演奏家紹介パート:あなたの「惑星」を見つける旅

ホルストの組曲「惑星」は多くの指揮者やオーケストラによって録音されており、それぞれに個性豊かな解釈が楽しめます。ここでは、特におすすめの5人の演奏家と彼らの名盤をご紹介します。

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (1981年録音)

「帝王」カラヤンによる1981年の録音は、「惑星」の演奏史における金字塔と称されることが多いです。完璧主義者として知られるカラヤンと、世界最高峰のオーケストラであるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏は、圧倒的な迫力と精緻なアンサンブルを両立しています。

聴きどころ:
「火星」: テンポは決して速すぎず、むしろやや遅めに感じるにもかかわらず、各フレーズが驚くほど正確かつスマートに決まっており、聴く者に手に汗握らせるような緊張感を与えます。コーダに向かう「ワクワク感」は他に類を見ません。
「木星」: 「快楽の神」という副題をこれほどまでに音化した演奏は稀でしょう。愉悦感と熱狂に満ちたこの「木星」を聴くと、他の演奏が物足りなく感じてしまうほどです。
全体: 泥臭さがなく、洗練されたワイルドさが特徴。カラヤンの「天才」を嫌というほど実感できる一枚です。

ジェイムズ・レヴァイン指揮/シカゴ交響楽団 (1989年録音)

シカゴ交響楽団の圧倒的な金管楽器の迫力と、非常に優れた録音が魅力の盤です。レヴァインの指揮は、エスプレッシーヴォ(表情豊か)でありながら、組曲全体の構成感をしっかりと捉えています。

聴きどころ:
金管楽器: 「これでもか!」というほどに金管楽器が鳴り響き、そのパンチ力は聴きごたえ抜群です。
録音の鮮明さ: 1989年録音ながら、音が驚くほど鮮明で、特に「金星」のような繊細な楽章でも各楽器の音がクリアに聴こえます。
「木星」の冒頭: 弦楽器の軽快な演奏は、聴いていてワクワクするような高揚感を与えてくれます。

サー・エイドリアン・ボールト指揮/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 (1978-79年録音)

ホルストの「惑星」を非公式初演した指揮者であるボールトは、この曲を生涯で6回も録音しています。その最後の録音となるこの盤は、「惑星の権威」とも称される彼の揺るぎない解釈と、骨太な安定感が際立っています。

聴きどころ:
「火星」のコーダ: 力みや過剰さは一切ないものの、コーダには常軌を逸した気迫が伝わってきます。
「木星」: 堂々たる演奏は、現在の多くの盤でも聴けない格別の魅力を持っています。
ピアニッシモのバランス: ピアニッシモ(非常に弱く)の部分でも、各楽器が鮮明に聴こえてくる絶妙なバランスは、録音の良さだけでなく、ボールトの音楽作りの賜物と言えるでしょう。
全体: 堅実な構成をシンプルに音にするという、「惑星」の最大の魅力を最大限に引き出した演奏です。

ウィリアム・スタインバーグ指揮/ボストン交響楽団 (1970年録音)

「しっかりしたアンサンブルに支えられた、非常に意志的・情熱的な「火星」が聴ける」と評されるこの盤は、スタインバーグの指揮者としての面目躍如たる演奏です。2001年のリマスタリング盤はその音質の向上により、50年前の録音とは思えないほどの高音質を実現しています。

聴きどころ:
「火星」: 短く凝縮された演奏で、まるで直接突っ込んでくるかのようなアグレッシブなアプローチが特徴です。
録音の鮮烈さ: リマスタリングにより、ティンパニの音が目立ちすぎずバランスが向上し、演奏の印象を数段アップさせています。
全体: 曖昧な箇所がなく、一本筋の通った情熱的な演奏が楽しめます。

ダニエル・ハーディング指揮/バイエルン放送交響楽団 (2022年録音)

英国出身のハーディングによる待望の全曲録音。演奏時間が57分近くという異例の長さで、遅めのテンポの中でフレーズをたっぷりと歌わせ、雄大なスケールと深い内面性を感じさせる新しい解釈が魅力です。

聴きどころ:
「火星」: 重量感のある響きでテンポを刻み、これまでの録音とは一線を画す迫力があります。
特殊なオーケストレーションの活用: バス・オーボエを際立たせるなど、ホルストが意図した特殊な楽器編成の妙を最大限に引き出しています。
「海王星」の終わり: 女声合唱のヴォカリーズが、きわめてゆっくりと繰り返されつつ、極小音量に絞り込まれて消えてゆく演出は、組曲の持つ神秘性を深く追求したものです。
全体: 高度な演奏能力を持つオーケストラが、「惑星」の伝統に縛られずにハーディングの解釈を表現しており、現代的な視点での新たな「惑星」を体験できます。

異色盤・珍盤

ホルストの組曲「惑星」の異色盤・珍盤としては、以下のようなものが挙げられます。

編曲版の多様性

「惑星」はオーケストラのために書かれた作品ですが、しばしば吹奏楽やブラス・バンドのために編曲されます。
冨田勲によるシンセサイザー編曲や、諸井誠によるオルガンと打楽器のための編曲なども存在し、原曲とは異なる音響世界を提示しています。

「冥王星」の追加版

ホルストが「惑星」を作曲した当時、冥王星はまだ発見されていませんでした。その後、1930年に冥王星が発見されると、ホルスト自身も8曲目の作曲に着手しましたが、完成することなく1934年に亡くなりました。
ホルストの研究家であるイギリスの作曲家コリン・マシューズは、指揮者ケント・ナガノの委嘱により、2000年に「冥王星、再生する者」(Pluto, the renewer)を作曲しました。
この曲は「海王星」の終結部を少し書き換え、原曲が消え入るように終わるのに対し、太陽系の外の広い宇宙空間へと続いていくかのような音響で終わるため、ホルストの原作の音楽的意図とは異なり、賛否が分かれる点です。この「冥王星」を含む盤は、組曲の完全版として異色の存在と言えるでしょう。

特定の指揮者による個性的な解釈や録音

ヘルベルト・フォン・カラヤンによる1961年のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との録音は、「惑星」を世に広めるきっかけとなりましたが、現在聴くとかなり個性的な表現です。当時のウィーン・フィルは演奏失敗寸前まで目一杯楽器を鳴らすような、大胆な力強さがありました。

映画監督のケン・ラッセルは、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏に、ナチスの映像や冷戦下の軍事パレード、世界の祭りといった多様なフィルム素材をコラージュのように組み合わせた映像作品を制作しました。これはホルストの音楽に潜む「危険さ」をシニカルかつコミカルに視覚化するもので、非常に異色な鑑賞体験を提供します。
オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団の録音自体も「マットでグラマラスなフィラデルフィアサウンド」と呼ばれ、「録音が人工的すぎて自然な音楽を聴くのを邪魔している」と感じる人もいるほど、独特の音作りがなされています。

ジョン・ウィリアムズがボストン・ポップス・オーケストラを指揮した録音は、映画音楽の大家としての演出効果が抜群で、派手な演奏が特徴です。

レオポルド・ストコフスキーがロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団と録音した盤は、弱音では濃厚な色彩を見せるものの、トゥッティでは音が詰まったように伸びやかさがなく、「開放されない抑圧感があってあまり気持ちよく聴くことが出来ません」と評されるなど、独特の聴後感をもたらします。

平原綾香の曲

ホルストの組曲「惑星」の中で、特に有名なのは第4曲「木星、快楽をもたらす者」です。この曲の中間部に登場する美しいメロディは、「ジュピター」として広く知られています。
平原綾香さんはこの「木星」の有名なメロディに歌詞を付け、「Jupiter」というタイトルで2003年に楽曲を発表し、大ヒットさせました。彼女の歌声により、クラシック音楽に馴染みのない層にも「木星」のメロディが広く浸透しました。
このメロディが日本人にとって親しみやすいのは、日本の民謡に用いられるヨナ抜き音階と共通しているためだとされています。

ホルスト自身も「木星」のこの中間部に歌詞を付け、イギリスで毎年行われる戦没者追悼行事などで歌われる国民的なメロディとなっています。

あなたの宇宙の旅は始まったばかり

ホルストの組曲「惑星」は、単なるクラシック音楽の傑作にとどまらず、占星術、神智学、そして東洋思想に根ざした深遠な世界観、そして映画音楽の礎を築いた革新的なオーケストレーション、さらには未完の「冥王星」を巡る興味深い物語 を秘めた、まさに「宇宙」のような作品です。

この記事を通して、これまで知らなかった「惑星」の多面的な魅力に触れ、新たな発見があったなら幸いです。「木星」の壮大さだけでなく、「火星」の圧倒的な迫力、「海王星」の神秘性、そしてそれぞれの惑星が持つ個性豊かな表情に耳を傾けてみてください。

さあ、あなたも今日から、ホルストが創り上げた壮大な宇宙の音楽を巡る旅に出かけませんか?きっと、新たな感動と発見があなたを待っているはずです。最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!

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