【和と洋の響宴】時代を超えて愛される傑作の魅力
音楽愛好家の皆さん、こんにちは! 今回は20世紀を代表する日本人作曲家、武満徹の不朽の傑作《ノヴェンバー・ステップス》について深く掘り下げていきます。
この作品は日本の伝統楽器である琵琶と尺八、そこに西洋のオーケストラが共演するという、当時としては画期的な試みでした。
現代音楽と聴くといかにも難解そうですが、その背景や聴きどころを知ることで、きっと新たな音楽的感動と発見が生まれるはずです。
「現代音楽はとっつきにくい」「和楽器とオーケストラってどうやって融合するの?」そんな疑問をお持ちの方がいるかもしれません。
この記事では《ノヴェンバー・ステップス》がなぜ世界中で高く評価され、今もなお多くの聴衆を魅了し続けているのか、その作曲の経緯から音楽的特徴、そして歴史的名盤までを分かりやすく解説していきます。
武満徹の音楽世界への扉を、一緒に開いてみましょう!
《ノヴェンバー・ステップス》とは?─東西文化が織りなす音の階梯
《ノヴェンバー・ステップス》(英題:November Steps)は武満徹が1967年に作曲した、琵琶、尺八とオーケストラのための音楽作品です。この曲はアメリカの権威あるニューヨーク・フィルハーモニックが創立125周年を記念して武満に委嘱したもので、1967年11月9日にニューヨークで初演されました。
初演は小澤征爾が指揮するニューヨーク・フィルハーモニックと、琵琶の鶴田錦史、尺八の横山勝也という二人の天才的な邦楽器奏者によって行われ、大成功を収めました。この作品がきっかけとなり、武満徹の名前は一躍国際的な名声を得ることになります。
作品名の「ノヴェンバー(November)」は初演が行われた11月に由来し、「ステップス(Steps)」は文字通り「階段」を意味しますが、同時に「学問や芸術を学ぶ際の手ほどき」という意味も持ちます。
この曲が日本の伝統的な「段もの」と呼ばれる形式のように、11のセクション(段)から構成されていることにも関連していると言われています。指揮者と楽器群の配置も、11の群に分かれていたとされます。
一般的には「和と洋の融合」を象徴する作品と見なされがちですが、武満徹自身の意図は、むしろ異質なものをそのまま対置させることにありました。この「対立と緊張」の中にこそ、新たな音楽的表現の可能性を見出そうとしたのです。
《ノヴェンバー・ステップス》作曲秘話と武満の革新性
この革新的な作品は、ある偶然と武満徹の探求の軌跡から生まれました。
邦楽器との出会いと《エクリプス》の誕生
武満徹が邦楽器、特に琵琶と尺八を用いるようになったのは、1960年代の映画音楽の仕事がきっかけでした。小林正樹監督の映画『切腹』(1962年)や『怪談』(1965年)、NHK大河ドラマ『源義経』(1966年)などの音楽を手がける中で、彼は琵琶の鶴田錦史や尺八の横山勝也といった名手たちと共同作業を重ね、邦楽器の可能性に深く触れていきます。
この経験が実を結び、武満は純粋な邦楽作品として琵琶と尺八のための《エクリプス(蝕)》を1966年に作曲します。琵琶と尺八という組み合わせ自体も、当時の邦楽の歴史では前例のないものでした。
バーンスタインからの委嘱と「幸福なる格闘の日々」
《エクリプス》の録音を聴いた小澤征爾は、その音楽に感銘を受け、当時ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督だったレナード・バーンスタインに紹介します。バーンスタインもまたこの音楽を気に入り、武満徹に「これらの日本の楽器とオーケストラのための協奏曲」の作曲を依頼することになったのです。これが《ノヴェンバー・ステップス》誕生の直接のきっかけでした。
作曲にあたり、武満、小澤、そして邦楽器のソリストである鶴田錦史と横山勝也の四人は軽井沢の小澤の別荘に集まり、約4ヶ月にわたって合宿のように曲作りに没頭しました。小澤征爾は当時の日々を「幸福なる格闘の日々」と振り返っています。この密な共同作業が、後に世界を驚かせることになる傑作を生み出す土台となったのです。
リハーサルでの感動
『ノヴェンバー・ステップス』のリハーサル初日、琵琶と尺八という「未知のジャパニーズ・インストゥルメント」に対して、オーケストラの団員たちは懐疑的でした。「フルートとギターで良いではないか」という声も聞かれ、当初は失笑が漏れたほどの雰囲気です。
しかし、琵琶の鶴田錦史と尺八の横山勝也は冷笑的な空気をものともしませんでした。凄まじい集中力で演奏する二人に団員たちは圧倒され、最後には拍手が起こったほどです。
邦楽器への深い関心と涙
リハーサルを見に来ていたバーンスタインは、琵琶と尺八という2つの邦楽器に強く興味を持ち、鶴田氏と横山氏を自宅に招待して演奏を求めました。
彼らが純邦楽曲を何曲か演奏すると、バーンスタインはその演奏に感動して涙を流し、これまでこのような音世界があることを全く知らずに生きてきたことを悔やむ感想を残しました。小澤征爾の著書『ボクの音楽武者修行』の中で、最も感動的な場面として記されています。
バーンスタインの積極的な関心と深い感動は、『ノヴェンバー・ステップス』が作曲され、世界に披露される上で極めて重要な役割を果たしました。
初演当日の聴衆の反応
初演は1967年11月9日、ニューヨーク・リンカーン・センターにおいて、小澤征爾指揮ニューヨーク・フィルハーモニック、琵琶の鶴田錦史、尺八の横山勝也によって行われました。
初期の懸念や反発にもかかわらず、初演は結果として大成功に終わりました。公演後、何度もカーテンコールが続いたそうです。
聴衆の反応は「未文化の熱狂が支配するものだった」と表現されています。当時のニューヨーク・フィルハーモニックの団員が邦楽器を知らなかった状況において、日本の楽器とオーケストラの協奏という試みが、20世紀音楽最後の課題解決を示すものと受け止められたためです。
《ノヴェンバー・ステップス》の聴きどころと音楽的特徴
《ノヴェンバー・ステップス》は、武満徹独自の音楽語法と世界観が凝縮された作品です。
「融和」ではなく「対置」──異質な音の領土の際立たせ方
武満は西洋のオーケストラに対して、日本の伝統楽器を「自然にブレンドする」ことを避け、「琵琶と尺八が指し示す異質の音の領土を、オーケストラに対置することで際立たせるべき」と語っています。
これは異なる文化の要素を混ぜ合わせるのではなく、それぞれの個性を際立たせることで、新たな音楽的緊張感と空間を創造しようとする試みでした。
具体的には琵琶と尺八の特殊な奏法が、重要な役割を果たします。尺八のムラ息や琵琶のハタキ、スリバチのような音は、西洋音楽では「雑音」として排除されてきた要素です。
武満はこれらの音をオーケストラには出せない「特有の音色」として捉え、オーケストラの不協和音を巧みに利用することで、これらの邦楽器の音量を補い、対等な存在として響かせました。
独創的な楽器配置と空間の演出
作品の大きな特徴の一つは、楽器の配置に徹底的にこだわっている点です。通常のオーケストラの配置と異なり、弦楽器とハープ、打楽器を左右にステレオ配置しています。これにより、音楽が立体的に聴こえる効果を狙ったのです。
武満は邦楽器の音色を際立たせるために、オーケストラの編成をあえて「不完全」にしています。例えば、尺八の音色に似たフルートや、オーケストラ全体の響きを融和させる役割を持つホルンなどは使用されていません。
これは邦楽器とオーケストラが「溶け合う」のではなく、「対立」する関係を強調するための意図的な選択でした。低音楽器も断片的に用いられ、響き全体の重厚さを避け、繊細さや浮遊感が強調されています。
伝統と前衛の融合:11の「段」とグラフィック・スコア
作品は、序奏に続く11の「段(ステップス)」で構成されています。これは日本の伝統音楽に見られる「段もの」の形式に倣ったものです。各段は長さが様々で、琵琶と尺八のソロ、あるいはオーケストラとの対話が展開されます。
特に注目すべきはカデンツァ部分に、グラフィック・スコア(図形楽譜)が採用されていることです。これは音高を特定せず、奏法やリズムに関するヒントを与えることで、演奏者の即興性と個性を尊重した武満の姿勢を示しています。
ただしこの即興部分も、初演の奏者である鶴田錦史と横山勝也による数々の共演を通じて、その演奏スタイルが「固まっている」と表現されるほど確立されました。
よくある質問(Q&A)
Q1: 武満徹の音楽はなぜ世界中で人気があるのですか?
武満徹の音楽が世界中で愛される理由として、その強い個性が挙げられます。彼の作品は一聴しただけで、「これは武満さんの曲だ」と分かるほどの明確な音楽性を持っています。
彼はバッハやドビュッシー、ベルクといった西洋音楽の巨匠から、ジャズやポップスまで、多岐にわたる音楽要素を自身の作品に取り入れました。
これにより「タケミツ・トーン」と呼ばれる豊かな音色や独特の響きが生まれ、国境を越えて多くの人々を魅了しています。
Q2: 琵琶や尺八の音がオーケストラの中で埋もれてしまいませんか?
いいえ、むしろその異質性が際立つように工夫されています。武満は琵琶や尺八が持つ「特殊な奏法」(尺八のムラ息や琵琶のハタキなど)を積極的に活用し、これらが西洋楽器では出せない「雑音」のような音であっても、表現の一部として取り入れました。
オーケストラの編成からフルートやホルンなど、邦楽器と音色が似ていたり、響きを融和させたりする楽器をあえて外すことで、邦楽器の存在感を際立たせています。オーケストラは琵琶と尺八の背景となり、その音を「引き立てる」役割を担っているため、音量が小さい邦楽器が埋もれることなく、対等に響かせることができるのです。
Q3: 「ノヴェンバー・ステップス」のような現代音楽を聴く際のポイントは?
現代音楽は、従来の旋律や調性といった概念に縛られない作品も多いため、とっつきにくいと感じる方もいるかもしれません。《ノヴェンバー・ステップス》を聴く際には、以下のポイントを意識するとより深く鑑賞できるでしょう。
「音色」そのものに耳を傾ける
旋律を追うのではなく、琵琶や尺八の独特な音色、オーケストラの響き、それらがどのように絡み合い、変化していくのかに注目してみましょう。
「空間」を意識する
左右に配置された楽器群がどのように音の広がりや奥行きを作り出しているか、立体的な音響空間を感じてみてください。
「対立と緊張」を感じる
武満の意図である「対置」を意識し、和楽器とオーケストラの間に生まれる緊張感や、互いに影響し合う瞬間を探してみるのも面白いでしょう。
「静寂」の美しさ
「音」だけでなく、「間(ま)」が作り出す静寂の美しさも、この曲の重要な要素です。音が途切れる瞬間に耳を澄ませてみましょう。
《ノヴェンバー・ステップス》推薦盤ディスクガイド
武満徹の国際的な出世作である《ノヴェンバー・ステップス》は、数多くの演奏家によって録音されています。中でも初演に関わった小澤征爾とソリストによる録音は、作品の規範ともいえる存在です。ここでは代表的な名盤をご紹介します。
【決定盤/定番】小澤征爾指揮/サイトウ・キネン・オーケストラ(1989年録音)
小澤征爾と武満徹は盟友であり、小澤は武満作品の擁護者でもありました。この録音は、初演から20年以上経過した1989年にベルリンのイエス・キリスト教会で録音されたものですが、初演直後のトロント交響楽団との録音と比べても、その完成度の高さは特筆すべきレベルです。琵琶の鶴田錦史と尺八の横山勝也という初演メンバーによる演奏であり、彼らのパフォーマンスを聴く上で歴史的に非常に価値の高い一枚と言えるでしょう。
【異色盤/初演直後】小澤征爾指揮/トロント交響楽団(1967年録音)
これは世界初演からわずか1ヶ月後に録音された、世界初録音盤です。小澤征爾がトロント交響楽団の首席指揮者を務めていた時期の録音であり、ニューヨーク・フィルでは副指揮者だったため、彼の手兵が使われたと推測されています。若き小澤の才気と、ソリスト二人の初期の解釈が刻み込まれた、歴史的意義の深い一枚です。サイトウ・キネン盤とは異なる、初演直後の熱気と荒々しさも感じられます。
【国内名演】若杉弘指揮/東京都交響楽団(1991年録音)
「ノヴェンバー・ステップス」の演奏は、シャルル・デュトワの色彩的な演奏と比較して「極めて抑制された響き」で、琵琶と尺八についても同様の傾向があります。初演者の鶴田錦史と横山勝也が出演しており、「極めつけ」とも考えられるほど非常にシンプルで枯れた感じ、無我の境地といった印象です。
【国際的視点】ベルナルト・ハイティンク指揮/コンセルトヘボウ管弦楽団(1969年録音)
数少ない外国人指揮者による録音の一つで、現在も聴くことができる貴重な音源です。フィリップス原盤で音質も非常に良く、尺八の「幽玄」な響きが深く伝わってきます。弦楽器の厚みがあり、小澤/トロント響盤よりも迫力を感じさせる一方、ハイティンクがこの作品を国際的な視点からどのように捉え、表現したかをうかがい知ることができます。
異質なものを対置する「挑戦」としての音楽
武満徹の《ノヴェンバー・ステップス》は「和洋折衷」にとどまらない、異質なものをそのまま対置させるという彼の強い意志と、そこから生まれる緊張感を追求した革新的な傑作です。
琵琶と尺八の独特な響きを西洋オーケストラの中に埋もれさせることなく、その個性を際立たせるための独創的な楽器配置や音響設計は、現代音楽の新たな可能性を切り開きました。
初演での大成功と、バーンスタインや小澤征爾といった巨匠たちの絶賛は、この作品が持つ普遍的な魅力と強い生命力を証明しています。日本の文化と西洋音楽の間に横たわる「壁」を乗り越えようとする武満徹の挑戦は、今もなお多くの人々に感動を与え続けています。
ぜひ、この機会に《ノヴェンバー・ステップス》を実際に聴いて、その深遠な音の世界を体験してみてください。きっとあなたの音楽鑑賞の視野を広げ、新たな発見と感動をもたらしてくれるでしょう。
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