『くちびるに歌を』が伝える困難を乗り越える力【新垣結衣と合唱が紡ぐ感動】

映画

映画『くちびるに歌を』は青春映画の枠を超え、登場人物それぞれの心の奥底に触れる、深く感動的なヒューマンドラマです。まだご覧になられていないのであれば、ぜひこの作品が持つ多層的な魅力に触れていただきたいと思います。

物語は長崎県の美しい五島列島を舞台に繰り広げられます。豊かな自然に囲まれたこの場所で、東京からやってきた臨時音楽教師・柏木ユリ(新垣結衣と、多感な時期を過ごす中学生たちの交流が、彼ら自身の成長と再生の物語として描かれています。

柏木先生:心に傷を抱えた「教師らしくない」ピアニストの再生

物語の始まりで柏木ユリは、産休に入る同級生・松山ハルコ(木村文乃の代理として故郷の五島列島に赴任してきます。彼女は美人でありながらぶっきらぼうで愛想がなく、教師らしからぬ態度を見せ、「ピアノは弾かない」と宣言し生徒たちを戸惑わせます。

しかし、彼女の「ピアノを弾かない」という頑なな態度の裏には、深い心の傷がありました。かつて天才ピアニストとして活躍していた柏木は、恋人を交通事故で亡くしたというトラウマにより、ピアノが弾けなくなっていたのです。彼女は「自分のピアノは誰も幸せにできない」と思い込んでいました。

そんな柏木の心が変化するきっかけとなるのが、合唱部の生徒たちに出した宿題「15年後の自分へ手紙を書く」です。生徒たちが手紙に綴った等身大の悩みや秘密に触れることで、柏木は自身の過去と向き合い始めます。

部長の仲村ナズナとの交流は、柏木の再生に決定的な影響を与えます。ナズナが、亡き母から教わった船の汽笛の音「ド」(=前進)の意味を柏木に伝えると、柏木は自身の15歳の時に書いた「あなたのピアノで、誰を幸せにしていますか?」という手紙を思い出し、再びピアノを弾く勇気を取り戻します。彼女が震える指で奏でるベートーヴェン・ピアノソナタ第8番「悲愴」第2楽章の音色は、屋上で泣いていたナズナに届き、生徒たちも音楽室に集まってきます。

生徒たちとの関わりを通して、柏木先生は恋人の死を受け入れ、前を向いて進むことを決意します。彼女の冷たかった表情は次第に溶けていき、物語の最後には港で見送る生徒たちに向けて満面の笑顔を見せるまでに変化します。新垣結衣はこれまでの明るいイメージとは異なる「影のある女性」を見事に演じきり、その新境地の開拓は作品の大きな魅力の一つとなっています。

柏木ユリについて

柏木ユリは、長崎県・五島列島の中学校に、産休に入る音楽教師・松山ハルコの代理として東京から赴任してくる臨時音楽教師であり、合唱部の顧問を務めます。彼女はかつて天才ピアニストとして名を馳せていましたが、作中ではその才能とは裏腹に、無表情で愛想がなく、ぶっきらぼうな性格として描かれています。通勤にはオンボロの軽トラックを使用しています。

彼女が故郷に戻りながらもピアノを頑なに弾こうとしない原因は、過去に恋人を交通事故で亡くしたという悲しいトラウマがあるからです。「自分のピアノは誰も幸せにしない」と思い込み、生徒たちには「プロの腕がもったいないから」と高飛車な言い訳で現実から逃避します。

合唱部の顧問となった柏木は、コンクール課題曲である「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」にちなみ、生徒たちに「15年後の自分へ手紙を書く」という宿題を出します。この宿題が、生徒たちが抱える誰にも言えない悩みや秘密、心の傷を明らかにするきっかけとなっていきます。

物語が進むにつれて、柏木は生徒たちの懸命な姿や葛藤に触発され、少しずつ心を開き、再びピアノを弾く勇気を取り戻していきますナズナ(恒松祐里の母親の言葉「船はただ前に進むだけ」「前進、前進」というメッセージが、柏木がピアノを弾き始めるきっかけとなります。彼女は過去の悩みを振り切り、生徒たちの見送りを受けながら笑顔で島を後にします。

新垣結衣について

柏木ユリ役を演じたのは、新垣結衣です。彼女にとってこの役は初の教師役であり、自身初のピアノ演奏にも挑戦しました。ピアノ経験がゼロだったにもかかわらず、撮影前に3か月の特訓を行い、見よう見まねで必死に鍵盤の位置と音を覚えたと語っています。

監督の三木孝浩は、新垣を柏木役に起用した理由として、「先生ぽくない人だから」という点や、彼女の明るいイメージとのギャップを狙ったことを挙げています。新垣自身も、普段のコミカルな役柄とは異なるクールで影のある女性を見事に演じ、自身の新たな一面を開拓した作品と述べています。作中では、笑顔をほとんど見せない演技が特徴的でした。

新垣は、楽曲「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」の歌詞、特に大人の自分が15歳の自分を励ます2番の歌詞に共感したと語っており、「15歳の自分に手紙を書くなら、こういうことを言ってあげたい」という思いがそのまま記されていることに感動したと述べています。生徒たちの歌声が撮影を重ねるごと上達していく様子を間近で見て、「すごくうらやましかった」とも語っていました。彼らとは自然体で接し、バーベキューなどを通して距離が縮まっていったそうです。

彼女の演技に対しては、「美人な元プロピアニストの臨時先生を演じた新垣結衣さんは最高だった」、「普段のイメージと違った役柄で新鮮でよかった」、「ツンデレガッキーが良かった」、「クールな役でもかわいい」、「ハマっていた」、「一皮むけた印象を持った好演」といった肯定的な評価が多く寄せられています。一方で、「終始むっつりしていた」、「演技がイマイチ」、「棒読み、棒立ち」、「役に負けてた感がある」、「キャストミス」といった批判的な意見もありました。

柏木ユリと新垣結衣は映画全体に深く関わり、その変化と成長が作品の大きな感動要素となっています。

生徒たちの心の葛藤と成長:等身大の「手紙」が紡ぐ絆

合唱部の生徒たちもまた、多感な15歳という時期特有の様々な悩みや葛藤を抱えています。彼らの心の変化が、この映画の重要な側面です。

  • 桑原サトル(下田翔大: サトルは自閉症の兄・アキオ(渡辺大知)の世話をすることが自分の存在意義だと信じていました。彼は親が兄の介護のために自分を生んだと考え、兄を疎ましく思う気持ちと、それでも兄を愛し自分の存在理由を受け入れる複雑な心情を手紙に綴ります。この手紙の告白は観る者の心に深く響き、多くの涙を誘いました。 入部当初は成り行きでしたが、彼の透き通るような美しい歌声は柏木先生も認めるほどです。仲間たちが自分を「仲間」として受け入れてくれたことで、彼は孤立から脱し、自分の役割や価値を見つけていきます。仲間を助ける行動(長谷川コトミを庇って負傷する事件)を通じて周囲の信頼を得、大きく成長する姿が描かれています。ラストシーンでアキオが口にする母の言葉は、物語の重要な伏線回収となっています。

  • 仲村ナズナ(恒松祐里): ナズナは、幼い頃に母と死別し、父に二度も裏切られた経験から、男性不信に陥っていました。そのため、男子生徒の合唱部入部に強く反発します。しかし柏木先生や幼馴染の向井ケイスケ(佐野勇斗との交流、そして合唱を通して、彼女は徐々に心を開いていきます。柏木先生がピアノを弾くきっかけとなる「船の汽笛の音=前進」という母の言葉は、ナズナ自身が抱える心の傷も癒し、前向きになる後押しをしてくれたのです。

  • その他の合唱部員: 柏木先生の美貌目当てで入部した男子生徒たちと、真面目に合唱に取り組む女子生徒たちの間には軋轢が生まれました。「15年後の自分への手紙」の宿題がきっかけで、互いの誰にも言えない悩みや秘密が明らかになり、それが相互理解と絆を深めることにつながっていきます。彼らは体力トレーニングなどを通じて共に汗を流し、「心を一つにすることで美しいハーモニーが生まれる」という合唱の本質を学び、一つのチームとして成長していきます。

感動を深める要素:普遍的なメッセージと美しい映像

この作品は、「悩みは年齢に関係なく発生する」こと、「悩みを解決し、新しい自分を発見した時、人は大きく成長する」という普遍的なメッセージを投げかけます。観客からは「涙が止まらない」「歌声に感動」「心が洗われた」といった声が多く寄せられており、多くの人が自身の15歳の頃を思い出し、共感します。登場人物たちが過去に囚われそうになりながらも、今と向き合い未来に向かって前進していく姿は、観る人に勇気と元気を与えます。

「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」の誕生と背景

映画は、アンジェラ・アキさんの名曲「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」を主題歌・課題曲として物語全体を彩ります。クライマックスの合唱シーンでの生徒たちのピュアで力強い歌声は心にダイレクトに響き、涙を誘います。コンクールのシーンは「鳥肌が立った」と評されるほど感動的で、音楽の持つ計り知れない力を強く感じさせます。

「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」は、もともと2008年のNHK全国学校音楽コンクール中学校の部の課題曲としてアンジェラ・アキさん自身が書き下ろした楽曲です。この曲の着想は、アンジェラさん自身が15歳の時に自分宛に書いた手紙が、30歳の誕生日に母親から届いた経験に基づいています。彼女にとって15歳は、日本からハワイへ移住するなど、人生の転機となる最も不安定な時期だったと語っています。

この楽曲は大きな反響を呼び、アンジェラさんが全国の中学生を訪れて対話するテレビドキュメンタリー『拝啓 十五の君へ』シリーズがNHKで放送されるなど、異例の展開を見せました。映画『くちびるに歌を』の原作小説は、このテレビドキュメンタリーから発想を得て中田永一(乙一)さんによって執筆されました。

楽曲が持つ普遍的なメッセージ

この曲の核となるメッセージは、「15歳の“僕”が悩みを未来の自分に宛てて“手紙”を書くことによって、今を生きていく」というものです。歌詞は多感な15歳の中学生が、将来の自分に向けて綴る手紙として描かれており、「悩みは年齢に関係なく発生する」という普遍的なテーマを内包しています。

アンジェラ・アキさん自身も、「大人の自分が15歳の自分を励ましている2番の歌詞に共感した」と述べており、力強いメロディーとシンプルな言葉で深い感情を表現している点が評価されています。歌詞には「今 負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は 誰の言葉を信じ歩けばいいの? ひとつしかないこの胸が何度もばらばらに割れて 苦しい中で今を生きている」といった、誰もが経験しうる心の葛藤が率直に描かれています。また、「人生のすべてに意味がある」というメッセージも込められています。

この楽曲は、単に過去を振り返るだけでなく、「悩みを解決し、新しい自分を発見した時、人は大きく成長する」という前向きなメッセージを伝え、観る人に勇気と元気を与えます。

映画『くちびるに歌を』における楽曲の役割

映画『くちびるに歌を』では、「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」が主要な課題曲かつ主題歌として物語全体に深く組み込まれています。

  • 物語の軸: 臨時音楽教師・柏木ユリが生徒たちに「15年後の自分へ手紙を書く」という宿題を出すきっかけとなるのがこの曲です。生徒たちが手紙に綴る等身大の悩みや秘密が、物語の重要な要素となります。
  • 登場人物の心情との連動: 歌詞の内容が、合唱部の生徒たち、特に心の傷を抱える仲村ナズナや桑原サトルといったキャラクターたちの複雑な感情や葛藤と見事に重なり合います。例えばナズナが抱える父親への不信感や、サトルが自閉症の兄に対して抱く複雑な思いが、歌詞を通してより深く描かれています。
  • 柏木先生の再生: 「あなたのピアノで、誰を幸せにしていますか?」という15歳の柏木自身が書いた手紙の言葉を思い出すきっかけとなり、彼女が再びピアノを弾く勇気を取り戻す重要な要素となります。
  • 感動的な合唱シーン: クライマックスの合唱コンクールでは、生徒たちがこの課題曲をピュアで力強い歌声で歌い上げ、観る者の心を揺さぶります。その歌声は「鳥肌が立った」と評されるほど感動的で、音楽が持つ計り知れない力を強く感じさせます。また、コンクール後のロビーでの即興合唱も感動的なシーンとして挙げられています。
  • エンディング: 映画のエンディングテーマとしても使用され、物語の余韻を深めています。

楽曲の評価と影響

「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」は、その普遍的なテーマと感動的な内容から、幅広い年齢層に支持されています。公開前の試写会では鑑賞者の95%が感動したと回答し、観客からは「涙が止まらない」「歌声に感動」「心が洗われた」といった声が多数寄せられました。多くの人が自身の15歳の頃を思い出し、共感を呼ぶ作品となっています。

この楽曲は映画の感動を一層深めるだけでなく、観る人に「」というかけがえのない時間を大切にすること、そして困難に立ち向かう勇気と元気を与えてくれるでしょう。

また、長崎県五島列島の雄大な自然は、この繊細な人間ドラマにふさわしい美しい舞台となっています。青い海、趣深い教会、のどかな街並みなど美しい景色が、登場人物たちの心の動きと呼応し、物語の感動を一層深めてくれます。撮影は2014年7月から約2か月かけて、五島列島を中心に長崎県全域で行われました。

『くちびるに歌を』は人生における苦難と再生、そして人との絆の尊さを描いた、深く心に残るヒューマンドラマです。この温かく爽やかな感動を、あなた自身の目と耳で、体験してみてください。

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