不屈の魂が宿る至高のアルバム『プレゼンス』
レッド・ツェッペリン7枚目のスタジオアルバム『プレゼンス』は、1976年3月31日にリリースされました。
前作『フィジカル・グラフィティ』からわずか1年後という異例の短期間で制作されたこの作品は、バンドにとって極めて困難な時期にあたります。
1975年8月、ボーカルのロバート・プラントが自動車事故で足を重傷し、予定されていたアメリカツアーは全てキャンセル。プラントは車椅子での生活を余儀なくされます。当時のツェッペリンはまさに「崖っぷちの精神状態」でした。
メンバー全員が直面したフラストレーションが、アルバムに鬼気迫る緊張感とエネルギーを注入することになったのです。
レコーディングはドイツのミュンヘンにあるミュージックランド・スタジオで行われます。ローリング・ストーンズがスタジオを使用することが決まっていたため、ツェッペリンに残された実質的な録音期間はわずか3週間でした。
メンバーは1日18〜20時間にも及ぶハードワークを重ね、わずか18日間で録音の全作業を完了させるという、奇跡的な集中力を見せました。
この切迫した状況下で生まれたサウンドは、アコースティックギターやキーボードがほぼ排され、エレクトリックギター、ベース、ドラムスのみで構成される、非常に硬質でソリッドなものとなりました。ツェッペリン史上唯一のキーボードレス作品であり、ジミー・ペイジが「究極のギターロック」を目指した結果とも言われています。
アルバムジャケットはSF映画『2001年宇宙の旅』の「モノリス」を彷彿とさせる漆黒の「オベリスク」が日常的な風景に異物として写り込むデザインで、「バンドの圧倒的なパワーと存在感」をテーマに掲げ、『プレゼンス』というタイトルが付けられました。
圧巻のオープニング「アキレス最後の戦い」
アルバムの冒頭を飾る「アキレス最後の戦い」は、レコードでの演奏時間が10分20秒余に及ぶ、レッド・ツェッペリンのスタジオ録音の中で最も長い楽曲です。この長尺曲はプログレッシブ・ロックにありがちな冗長さを微塵も感じさせず、最初から最後まで強烈な疾走感が持続します。
曲はジミー・ペイジによる、「忘れがたく神秘的」なモロッコ風のソロギターアルペジオで幕を開けます。その後、ドラムのジョン・ボーナムとベースのジョン・ポール・ジョーンズが曲全体を力強く支えるドライビングなリズムを確立し、ジミー・ペイジのギターが緻密に駆け巡るのです。
驚くべきことにこの曲の主要な部分は、Eのワンコードで構成されています。ワンコードで10分以上もの楽曲を作り上げるのは、作曲者にとって挑戦的な試みです。
ペイジは10本以上のギターをオーバーダビングし、複雑な音のレイヤーを重ねることで単調さを感じさせない、まるで交響曲のような音の洪水を生み出しました。実際、この曲を聴いている人からは「あっという間に10分が過ぎる」という感想が数多く寄せられています。
「アキレス最後の戦い」という曲名は、ギリシャ神話に登場する英雄アキレスの最後の戦いを想起させますが、歌詞の中に直接、アキレスという英雄は登場しません。
代わりに、ギリシャ神話のアトラス山脈や、大地から天を支える神アトラスの単語が現れます。
ロバート・プラントは前述の自動車事故で足を骨折し、アルバムのレコーディング中も車椅子生活を送っていました。
彼は冗談めかしながら、自分がアキレスであり、今回の怪我が彼の「最後の抵抗(Last Stand)」になるかもしれないと感じていたそうです。プラントの歌唱には足の怪我という肉体的な制約と、バンドの未来に対する不安に打ち勝つべく、渾身の歌が込められています。
歌詞にはモロッコ旅行での印象や旅の中での気づき、そして運命に抗い、苦難を乗り越えようとする強い意志が描かれています。
「アキレス最後の戦い」は神話の物語にとどまらず、プラント自身の生々しい感情が投影された、深いメッセージを持つ作品となりました。
『プレゼンス』が放つレッド・ツェッペリンの揺るぎない存在感
『プレゼンス』はレッド・ツェッペリンの全スタジオアルバムの中で唯一、キーボードが一切使用されていない作品です。ジミー・ペイジのギター、ジョン・ポール・ジョーンズのベース、ジョン・ボーナムのドラム、そしてロバート・プラントのボーカルという、最小限のシンプルな編成で制作されました。
この構成は、バンドがハードロックバンドとしての側面を徹底的に追求した結果です。
アルバムには「フォー・ユア・ライフ」や「俺の罪」など、長尺で重厚な楽曲が並んでいます。そのサウンドは「硬質」で「ソリッド」と表現されることが多く、聴く者に圧倒的な迫力を与えます。
一方で「ロイヤル・オルレアン」のようにファンキーな曲や、「キャンディ・ストア・ロック」のようなロカビリー調の楽曲も収録されており、彼らの音楽性の幅広さも垣間見えます。
従来のツェッペリンのアルバムと比べると、本作に「モノトーンな作風」や「敷居の高さ」を感じる人がいるかもしれません。これはバンドが直面した困難な状況下で、余計な装飾を削ぎ落とし、ひたすら「ロックの真髄」と向き合った結果生まれた音の「存在感」なのです。
ジミー・ペイジもこのアルバムが「過小評価されている」と語り、その制作に注がれた感情と一体感を「最高レベル」と評価しています。
この作品は彼らが困難を乗り越え、より深い音楽性を追求した結果、到達したひとつの極みを示していると言えるでしょう。
天才ドラマー、ジョン・ボーナムが奏でる渾身のプレイ
「アキレス最後の戦い」におけるジョン・ボーナムのドラミングは、超絶的な才能が際立ちます。
彼のリズムはこの長尺曲の疾走感を最初から最後まで支える、まさに屋台骨です。そのドラミングは「超絶的」「渾身の」などと形容され、多くのドラマーに影響を与え続けています。
わずか11歳にして「アキレス最後の戦い」のドラムカバー映像を公開した日本人ドラマー、よよかさんの例があります。
彼女は「私の人生にとって、とても大切で尊敬するドラマー、ジョン・ボーナムを想って演奏しました」とコメントしており、その演奏は、ボーナムのパワフルかつ独創的なスタイルを驚くほど正確に再現しています。
よよかさんは2018年にも、8歳でレッド・ツェッペリンの「Good Times Bad Times」のドラムカバーを公開し、ロバート・プラント本人からも称賛された経緯があります。
あるドラム講師は「ボーナムのプレイは、単なる技術を超えた情熱の塊だ」と語っています。特に『プレゼンス』でのドラムは彼らが置かれた状況を反映し、鬼気迫るものがあります。
彼のリズムはその重厚さから、「マンモスの足踏み」と評されたりもしました。「アキレス最後の戦い」のドラムを完コピしようと楽譜を書き起こしたというエピソードも残っていますが、ボーナムのアドリブの多さから楽譜が10枚以上になったという苦労話は、彼のプレイの複雑さと奥深さを物語っています。
『プレゼンス』に収録された珠玉の楽曲たち
「アキレス最後の戦い」に続く2曲目「フォー・ユア・ライフ」(For Your Life)は、ミドルテンポでありながら、その重厚な旋律が耳に残る一曲です。
ペイジのプレイでは珍しいトレモロアームを駆使したギターワークが聴きどころで、彼の新たな側面を感じさせます。
歌詞はドラッグやセクシーな内容に触れており、プラントが1974年に声帯を痛めて以来、高音が歌いづらくなっていた様子がうかがえます。それでも彼にしか出せない独特の“味”が楽曲に深みを与えています。
ガラリと雰囲気を変え、アルバム中盤を彩る「ロイヤル・オルレアン」(Royal Orleans)は、ファンク色の強いリズムが特徴的な曲です。
3分にも満たない短い曲ながら魅力満載で、当時のディスコブームやファンクの影響をツェッペリン流に昇華した、彼らならではのサウンドと言えるでしょう。
ニューオーリンズのホテルに宿泊していたジョン・ポール・ジョーンズのベッドに、同性愛者の男性が忍び込んでいたという実話がモチーフになっています。
プラント自身もノリノリで歌い、ジョン・ボーナムのハイハットワークは特筆ものでしょう。
アルバムB面の一曲目、「俺の罪」(Nobody’s Fault but Mine)は強烈なハードロックナンバーで、多くのファンを唸らせる作品です。
ブラインド・ウィリー・ジョンソンの同名ブルース曲から歌詞を引用しており、2007年の再結成ライブでプラントはジョンソンに感謝の意を表しました。
冒頭を飾るプラントとペイジのユニゾンは強烈なインパクトを放ち、リズム隊とメロディ隊がぶつかり合いながら進行する独特の構成が、聴く者を飽きさせません。
ジョン・ボーナムのドラムは「跳ねているが重い」と表現され、そこにプラントのハーモニカがクールに絡みます。
「キャンディ・ストア・ロック」(Candy Store Rock)は、その名の通りロックンロールの活気に満ちた曲ですが、歌詞の内容は「お菓子」ではなく「ヤクの売人」を歌っているという意外性を持ち合わせます。
ロカビリー調のノリの良さが際立ち、ロバート・プラントのボーカルは敬愛するエルヴィス・プレスリーの歌い方を彷彿とさせます。
「何処へ」(Hots On For Nowhere)もまた、ツェッペリン流のファンク・ロックが光る一曲です。
歌詞は当時、ペイジやマネージャーのピーター・グラントに対するプラントの不満や、若かりし頃にドラッグに手を出したことへの後悔が込められていると言われます。
繰り返される3つのリフが特徴的で、ジョン・ポール・ジョーンズの地味ながらも楽曲を支えるベースラインの上で、軽快に踊るギターフレーズとプラントの歌が展開されます。
アルバムの最後を飾る「一人でお茶を」(Tea For One)は、アップテンポで始まったかと思いきやディストーションの効いたジミー・ペイジのギターが悲壮感を盛り上げる、スローブルースへと展開します。
その雰囲気は3rdアルバムに収録された名曲「貴方を愛しつづけて」を彷彿とさせ、まさに成熟したツェッペリンが奏でる最後のブルースソングと言えるでしょう。
タイトルは1920年代に流行した歌「二人でお茶を」のパロディですが、歌詞に「君と別れる道を選び、もう元に戻ることもできない」といった別れの心情が描かれており、当時イギリスに定住できなかったメンバーたちの悲哀が込められているようです。
故・渋谷陽一が語る『プレゼンス』の真髄
音楽評論家である故・渋谷陽一氏は、レッド・ツェッペリンの7thアルバム『プレゼンス』をバンドのキャリアにおける最高峰と位置づけ、その作品に並々ならぬ思い入れを抱いていました。
彼にとってこのアルバムは、レッド・ツェッペリンというバンドの魂、苦悩、喜びの全てが凝縮された「集約作品」であり、「ロックの完成形」であると断言しています。
渋谷氏が『プレゼンス』を高く評価していることは、ジミー・ペイジ自身も認識しているほどです。
ロバート・プラントの言葉も引用しながら、「世間は『プレゼンス』がどんなアルバムなのか、わかっちゃいなかったな。確かにかなり脆さをはらんだアルバムだし、わかりやすい曲ばかり収められているとも言えないんだが、ツェッペリンの心と魂と苦悩と喜びを要約したければ、そのすべてが『プレゼンス』に凝縮されていると思うんだ」と述べています。
「ロックというものを物質化して見せてくれと言われても無理だが、このアルバムはそれに限りなく近いことをやっている」と絶賛し、彼らの音楽が「純粋に楽器を極めた結果」であると評しています。
アルバム全体が緊張感に満ちたサウンドで構成されており、それはツアーの中止やプラントの怪我、そして税法を避けるための長期にわたる国外生活といった、当時のメンバーが抱えていたフラストレーションが制作にぶつけられた結果であると分析します。
エレクトリックギター、ベース、ドラムスのみで構成される「硬質でソリッドな音造り」が特徴であり、渋谷氏はこれを「キンキンに冷えた金属で凍傷してしまうようなひりひり感」や「金属バットで夜の校舎窓ガラス壊してまわるくらいの熱さ」と表現しています。
ジョン・ポール・ジョーンズの「最高にドライブの効いた8弦ベース」と、ジョン・ボーナムの「誰にも真似できないドラム」が唸りを上げ、さらにジミー・ペイジの「恐ろしいくらいのドライブの利いたギターリフ」、そしてロバート・プラントの「新次元的なヴォーカル」がコード進行に左右されないメロディを奏で、まさに王者の風格を示していると評しました。
特に冒頭を飾る「アキレス最後の戦い」について、渋谷氏は非常に高い評価を与えています。この曲を「ロックの完成形」と呼び、「レッド・ツェッペリン渾身の一撃」であると断言しました。
10分を超える長尺曲でありながら、その「疾走感と緊張感」が一切長さを感じさせず、聴く者を飽きさせない「名曲」であると強調しています。
彼はこの曲をアルバムのハイライトと位置づけ、バンドの持つ「ハードロックの魂」が振り絞られた作品と、最大限の賛辞を送りました。
渋谷氏はロックンロールという音楽が他のすべての音楽を凌駕し、圧倒的なサウンドの理論展開を体現しているのが『プレゼンス』であると考えています。
その凄まじく深遠で美しい「音の彫刻」を、言葉で表現するのではなく、ただ無心で堪能したいと語りました。
ハードロックの到達点
レッド・ツェッペリンのアルバム『プレゼンス』は、バンドが直面した困難な状況の中で、彼らが持ちうるすべてのエネルギーと創造性を注ぎ込んで生まれた、まさに魂の結晶です。
このアルバムは彼らの音楽的探求の深さと、メンバー個々の卓越した演奏能力が見事に融合した結果と言えるでしょう。それはまさしくハードロックの到達点であり、終着駅になったかもしれません。
Achilles Last Stand Artist: Led Zeppelin Writers: Jimmy Page, Robert Plant Released: 1976
(第1章 旅立ちの決意)
It was an April morning when they told us we should go As I turn to you, you smiled at me How could we say no? それは4月の朝のことだった “行かなきゃならない”と俺達は告げられた 振り返いて見たら おまえは俺に微笑んで言った “嫌だなんて言うはずないだろ?”
Oh, the fun to have To live the dreams we always had Oh, the songs to sing When we at last return again ああ 楽しくて仕方なかったよ いつだって夢を生きてたんだ ああ 歌ってやるさ 旅の最後に再び戻って来られたら…
Slipping off a glancing kiss To those who claim they know Below the streets that steam and hiss The devil’s in his hole 別れのキスをさっと済ませたのさ みんなわかってる奴らさ 蒸気が音を立ててるあの通りの下には 悪魔の巣穴が口をあけて待ってるんだと
Oh, to sail away To sandy lands and other days Oh, to touch the dream Hides inside and never seen, yeah さぁ 船出しよう 砂の大地と先の見えない日々へと そうとも 夢を手にするのさ 心の中にしまい込み 二度と見たりはしない
(間奏)
(第2章 たたかいの序章)
Into the sun, the south, the north At last the birds have flown The shackles of commitment fell In pieces on the ground 太陽の元へ 南へ 北へ 鳥たちも最後に飛び立っていった 約束を守るという足かせがあったが 粉々になり みな地に落ちた
Oh, to ride the wind To tread the air above the din Oh, to laugh aloud Dancing as we fought the crowds, yeah ああ 風に乗って行け 喧騒を乗り越え天に昇るがいい ああ 高らかに笑うがいい 踊るんだ 群衆と闘うかのように yeah
To seek the man whose pointing hand The giant step unfolds With guidance from the curving path That churns up into stone 導いてくれる男を探すのさ それが大きな一歩となるはずだ 曲がりくねっている道の案内だけじゃ 動揺して動けず 石のようになっちまう
(第3章 祝福の鐘を鳴らせ)
If one bell should ring In celebration for a king So fast the heart should beat As proud the head with heavy feet, yeah もしも王への祝福の鐘が 一度でも鳴り響くのならば 心臓の鼓動が高まるだろう 足どりが重くても 誇らしげに yeah
(ギターソロ)
(第4章 たたかい終わって~再び休息の日々へ)
Days went by when you and I Bathed in eternal summer’s glow As far away and distant Our mutual child did grow おまえと俺の日々は過ぎていった 永遠に続く夏の日差しを浴びて 俺たち二人の子どもも大きくなり 遠くに離れて行ったように
Oh the sweet refrain Soothes the soul and calms the pain Oh Albion remains Sleeping now to rise again ああ 優しく繰り返すんだ 魂をなだめ 痛みを落ち着かせる ああ アルビオンの心は変わっていない 再び蘇えるために今は眠っているのだ
Wandering and wandering What place to rest the search? The mighty arms of Atlas Hold the heavens from the earth 彷徨って 彷徨い歩いてきた いったいどこで探索は終わるのか? アトラスの力強い腕よ 大地から天を支え続けてくれ
For the mighty arms of Atlas Hold the heavens from the earth From the earth アトラスの力強い腕よ 大地から天を支え続けてはくれまいか この大地から…
I know the way, know the way, know the way, know the way I know the way, know the way, know the way, know the way わかってる わかってるんだ どうしたらいいかをね… わかってる わかってるんだ こうしたらいいんだよ…
Oh oh oh oh Ah ah ah Ah ah ah ah ah ah ah Oh oh oh oh oh oh oh
Oh the mighty arms of Atlas Hold the heavens from the earth ああ 力強いアトラスの腕よ 大地から天を支え続けてくれ
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