映画『サイコ』(1960)徹底解説!ヒッチコックが仕掛けた恐怖と多重人格の真実

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映画『サイコ』(1960年)はアルフレッド・ヒッチコック監督の代表作として、世界中に知られています。

公開から半世紀以上が経過した現在も多くの観客に強烈な印象を与え続ける、不朽の傑作です。
本作は単なるサスペンス映画の枠を超え、サイコホラーというジャンルの確立に大きく貢献しました。その革新的な物語と演出は後世の映画に計り知れない影響を与え、「映画の原点」とまで称されています。

『サイコ』とは 恐怖の金字塔が生まれた背景

『サイコ』は1960年6月16日にアメリカで公開され、日本では同年9月17日に劇場公開されました。
原作はSFホラー作家ロバート・ブロックによる同名の小説です。この小説は20世紀を代表する猟奇的殺人鬼の一人、エド・ゲインの犯罪にインスピレーションを得て執筆されました。
ゲインは殺害した人間の死体でインテリアや装飾品を作るなど、その異常性から人々を戦慄させた人物です。

ヒッチコック監督は本作の映画化権を、わずか9,000ドルで匿名で買い取ったそうです。事前に内容が知られるのを防ぐため、スタッフは市場に出回っていた原作本を可能な限り買い占めたというエピソードまであります。
テレビドラマシリーズ『ヒッチコック劇場』のスタッフをそのまま転用し、低予算なモノクロ映画として撮影されました。
当初、批評家筋の賛否は分かれましたが、観客からの絶大な支持と興行的な成功を収め、その年の興行収入で『スパルタカス』に次ぐ2位を記録します。
監督は最終的に約16億円の収入を得ることとなり、この投資はヒッチコックにとって大きな勝利となりました。

あらすじ

アリゾナ州フェニックスの不動産会社で働くマリオン・クレインは、恋人のサム・ルーミスとの結婚を望んでいますが、サムは父親の借金と元妻の慰謝料のために、結婚できない状況でした。ある日、マリオンは会社の顧客から預かった4万ドルの大金を持ち逃げし、カリフォルニアにいるサムの元へ車を走らせます

途中で激しい豪雨に見舞われ、マリオンは寂れた「ベイツ・モーテル」に立ち寄ります。モーテルはノーマン・ベイツという青年が一人で切り盛りしていて、隣接する丘の上の屋敷に老いた母親と住んでいるとマリオンに伝えました。彼女はノーマンと夕食を共にしますが、屋敷から聞こえる言い争いの声に、彼の母親が相当に気難しい人物であるのを察知します。

その夜、マリオンが自室でシャワーを浴びていると、シャワーカーテン越しに何者かの人影が現れ、彼女を滅多刺しにして殺害します。この「シャワーシーン」は、映画史上最も記憶に残る殺人シーンと言われます。犯行後、ノーマンは部屋に入ってきて、マリオンの遺体と4万ドルを含む所持品を彼女の車ごと近くの沼地に沈め、証拠を隠滅します。しかし、マリオンが破り捨てたメモの切れ端が、トイレに残されていました。

数日後、マリオンの妹ライラと、彼女を追っていた私立探偵アーボガストが、サムの金物店に現れます。アーボガストは不動産会社に雇われており、金さえ戻れば警察沙汰にしない意向でした。アーボガストはマリオンの行方を追ってベイツ・モーテルにたどり着き、ノーマンを問い詰めます。ノーマンはマリオンが宿泊したことまでは認めるものの、母親への聴取は拒否します。不審に感じたアーボガストは一旦退き、公衆電話からライラに状況を伝えた後、再びモーテルに戻り屋敷の2階へ向かいますが、何者かにナイフで襲われ、殺されてしまうのです

アーボガストからの連絡がないため、サムとライラはモーテルを訪れます。保安官からノーマンの母親は10年前に愛人と無理心中を起こして服毒死したと聞かされ、二人は驚きます。サムとライラはモーテルを捜索しようと決意し、サムがノーマンの気を引き留めている間に、ライラが屋敷に忍び込みます。ライラは地下室で椅子に座らされ、着飾った女性のミイラ化した遺体を発見します。その直後、謎の人物がナイフを振り上げてライラに襲い掛かろうとしますが、サムが背後から取り押さえます。人物のヅラや衣装がずれると、それがノーマン自身であったことが明らかになりました。

エピローグは警察署の署長室で、精神科医がノーマンの診察結果を関係者に説明しています。ノーマンは5歳の時に父親を亡くし、支配的な母親に育てられた結果、母親に歪んだ依存心を植え付けられました。10年前に母親と愛人を毒殺したのはノーマン自身であり、母親殺しの罪の意識から逃れるために母親の遺体を掘り出してミイラ化し、生きているように扱い始めます。さらに多重人格を宿し、自分の中の別人格が母親を演じることで、母親はまだ生きていると思い込んでいたのです。マリオンを襲ったのは、ノーマンが彼女に惹かれたことに嫉妬した母親の人格であったと、精神科医によって明かされました。

拘置所で毛布をまとって椅子に座るノーマンの姿が映され、彼が母親の声色で、事件は息子がやったことであり、自分は無害な人物だと独白するシーンで映画は終わります。沼に沈められたマリオンの車が引き上げられるところで「The End」です。この映画は、サイコパスや精神異常者を扱った映画がほとんどなかった時代に大きな影響を与え、後の映画監督たちに多大な影響を与えました。

常識を覆す衝撃 シャワーシーンに秘められたテクニック

本作が多くの観客の記憶に焼き付いている最大の要因の一つは、間違いなく中盤に登場するシャワーシーンです。映画の開始から47分後、主人公マリオン・クレインがシャワー中に何者かに突然惨殺されるという展開は、当時の映画界に衝撃を与えました。ヒッチコック自身、原作に惹かれた点は「シャワー中の女が突然惨殺される唐突さ」の1点のみだったと語っています。

この1分にも満たないシーンに、監督の周到な演出意図が凝縮されています。45秒の間に77回もの高速カットで切り替わる編集が施されており、観客は視覚的な情報が追いつかないほどの「非日常感」と「不安感」を覚えます。さらに注目すべきは、ナイフがマリオンの皮膚を切り裂く、血が噴き出すといった直接的な描写が一切登場しないことです。にもかかわらず、観客はあたかも惨殺を目撃したかのような錯覚に陥ります。撮影には映画全体の3分の1にあたる7日間を要し、ナイフが刺さる音はメロンにナイフを突き刺す音を使用しました。モノクロ映画であるため血は赤く見えませんが、実際にはチョコレートシロップが使われています。

物語の転換点 主役交代と心理の罠

『サイコ』のストーリーは、大きく二つの部分に分かれる点が特徴的です。前半は不動産会社から大金を横領したマリオンの逃亡と焦燥が描かれ、観客はマリオンの心理的な葛藤と、彼女を追う警官の存在にハラハラしながら物語に引き込まれていきます。マリオンは車で街を出る際に社長に目撃されたり、警官に不審に思われたりしながらもなんとかモーテルにたどり着き、最後はやり直すことを決心します。しかし、まさにその改心した矢先に彼女は惨殺され、観客は感情移入していた主人公の突然の死に驚愕します。

マリオンの死後、物語は一転して彼女の妹ライラと私立探偵アーボガストがマリオンの行方を追う展開に移行します。この時点で観客はマリオンが殺されたことを知っていますが、誰が殺したのかはまだ不明なままです。

ミステリーとサスペンスがモーテルへと集中していく中で、ノーマン・ベイツの人間性が徐々に浮き彫りになります。物語はノーマンを主人公としますが、彼のキャラクターを詳細に描くのではなく、むしろ「描かない」ことで彼や彼の母親の真実を謎に包み、観客を心理的な迷宮へと誘います。

ヒッチコックの映像と音響へのこだわり

ヒッチコック監督は、本作をあえてモノクロで撮影しました。カラーだとバスタブから流れる赤い血が「あまりにも不快」になることを避けるためだったと説明しています。
この判断は直接的なゴア描写(血しぶきが飛び散る残虐シーン)に頼らず、心理的な恐怖を追求するヒッチコックの意図を明確に示しています。

彼の演出手腕は、細部にまで及びました。例えば、マリオンが殺された後の排水溝からマリオンの開いた瞳孔へと切り替わるディゾルブマッチカットの組み合わせは、彼女の死が不可逆的なものであることを強調し、観客に深い印象を与えます。
モーテルと隣接する丘の上のベイツ家は、カリフォルニア・ゴシック様式で建てられた個人住宅をモデルにしており、その不気味な佇まいが作品全体の雰囲気を醸し出しています。
アンソニー・パーキンスが大きく見えるよう、モーテルを一般的な大きさより少し小さめに作ったというこだわりも、ヒッチコックらしい工夫です。

ヒッチコック作品において、階段はサスペンスを生む重要な装置として機能しています。
『サイコ』でも私立探偵が階段から転落するシーンや、ライラがノーマンの母親のミイラを発見するため地下室へ降りていくシーンなどで、効果的に使われています。ノーマンが母親の人格と入れ替わる際に階段を上る様子が描かれることで、彼の内面の「変化」が視覚的に示唆されるのです。

ノーマンの部屋に飾られた鳥の剝製は、生きていないのに攻撃的に見えるクチバシが男性のシンボルや凶器のナイフを連想させ、ノーマンの内面を投影しているとも解釈できます。劇中には多くの鏡が登場しますが、ノーマン自身が鏡を見るシーンはないという細かな演出も、彼の精神状態を暗示しているようです。

終盤、地下室で揺れる裸電球の光がミイラの眼窩に光を入れ、それがまるで生きているかのように見える演出は、ノーマンの中に「生きている母親」が存在するという核心的な真実を象徴的に表現しています。

バーナード・ハーマンによる強烈な音楽

『サイコ』(1960年)の音楽は、バーナード・ハーマンが担当しました。彼の音楽は作品のサスペンスと恐怖を大きく高める上で不可欠な要素となっています。

特に有名なのは、マリオンがシャワーを浴びるシーンで流れる音楽です。「映画史上最も記憶に残る殺人シーン」と評されますが、その劇的な効果はバーナード・ハーマンの音楽によるところが大きいのです。

ヒッチコック監督の当初の意図とハーマンの貢献

ヒッチコック監督は当初、シャワーシーンに音楽を一切つけないつもりでした。バーナード・ハーマンはこれに反対し、「激しく容赦のないバイオリンの音色」をつけたのです。
この音は恐怖そのものを呼び起こす旋律となり、「悲鳴のようなあのバイオリンの音」と形容されています。
完成した音楽を聴いて、ヒッチコック監督は考えを一変させました。

音楽のインパクトと評価

ハーマンの音楽は、その「不気味かつ緊迫感のある旋律」によって劇的な効果を発揮し、マリオンの悲鳴やナイフの音と相まって観客の恐怖を煽ります。
「神経を切り刻むような劇伴」として緊張感を高め、派手な展開がなくても不吉な雰囲気を醸し出しています。
ヒッチコック監督自身も「『サイコ』の効果の33%は、音楽によるものだった」と語るほど、ハーマンの音楽に満足していました。

影響とパロディ

シャワーシーンの音楽は、その凄惨な映像とともに多くの他の映画作品で模倣やパロディの対象となり、「史上最も影響力のある映画音楽の1つ」とされています。
テレビドラマでも、この音楽がパロディとして使われた例がいくつもあります。

バーナード・ハーマンの音楽は、『サイコ』が「サイコスリラーの原点」であり「映画史を変えた」作品として語り継がれる上で、極めて重要な役割を果たしています。

ノーマン・ベイツ 哀しき殺人鬼の真実

アンソニー・パーキンスが演じたノーマン・ベイツは、彼の役者人生を通じて最も強烈な印象を残したキャラクターであり、彼の代表作となりました。
ノーマンは支配的でヒステリックな母親に育てられた結果、彼女への歪んだ依存心を植え付けられた青年です。
物語の真相は、ノーマンが母親に恋人ができた際に捨てられることを恐れて、母親とその愛人を毒殺したことにあります。
その後、彼は母親殺しの罪悪感から逃れるため、母親の遺体を掘り起こしてミイラ化し、母親がまだ生きているかのように振る舞い始めました。

ノーマンは母親の人格を内側に宿す、解離性同一性障害を抱えていました。彼が女性に惹かれると母親の人格が嫉妬し、その女性を殺害するという犯行を繰り返します。
映画のラストシーンで、拘置所で毛布をまとって椅子に座るノーマンは、もはや母親の人格に完全に支配され、殺人は息子がやったことだと独白しながら不敵な笑みを浮かべます。これは自己正当化を繰り返す、悲しきサイコパスの姿を象徴しています。
彼の多重人格の描写は映画的効果を狙った誇張ではありますが、現実の連続殺人犯に見られる精神疾患の兆候を巧みに取り入れています。
ノーマンは社会的に求められる成人男性像にかなっておらず、そこに敗北感を感じている社会的な「敗者」として描かれており、多くのシリアルキラーに共通する特徴を持っています。

映画史に刻まれた不朽のレガシー

『サイコ』はその衝撃的な内容と巧みな演出により、サイコホラーというジャンルを確立しただけでなく、その後のサスペンス映画の制作に計り知れない影響を与えました。
多くの映画で『サイコ』の模倣作やパロディを生み出し、特にシャワーシーンは様々な作品でオマージュされています。

公開当時、ヒッチコックは観客に「途中入場禁止」や「ストーリー口外禁止」を訴える録音メッセージを劇場で流すなど、異例のプロモーションを展開しました。
これは主人公が途中で殺されるというサプライズを守るための、監督の徹底したこだわりでした。
本作は映画で初めて、水洗トイレがスクリーンに映された作品としても知られています。これは検閲官からの強い反発を招きましたが、ヒッチコックはマリオンが証拠の紙を流すシーンが不可欠であると説得し、実現させました。

本作の成功後、『サイコ2』(1983年)、『サイコ3/怨霊の囁き』(1986年)、テレビ映画『サイコ4』(1990年)といった続編や、ガス・ヴァン・サント監督によるリメイク版『サイコ』(1998年)、ノーマン・ベイツの少年時代を描いたテレビシリーズ『ベイツ・モーテル』(2013-2017年)など、多くの関連作品が制作されています。

『サイコ』は時代を超えて観客を惹きつけ続ける、まさに不朽の名作です。
その緻密な心理描写、予測不能な展開、そしてヒッチコックならではの映像と音響へのこだわりは、現代の映画制作にも多大な影響を与え続けています。
まだご覧になったことがない方はぜひその「原点」に触れて、映画史に刻まれた恐怖の深淵を体験してみてください。

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