【衝撃作】トーキング・ヘッズ『リメイン・イン・ライト』:アフロ・ファンクが切り拓いた音楽シーンの未来

洋楽

トーキング・ヘッズの1980年のアルバム『リメイン・イン・ライト』は、今なお多くの音楽ファンに愛され続ける伝説的な名盤です。このアルバムがなぜこれほどまでに特別なのか、その魅力をお伝えできればと思います。

独創的なサウンドへの誘い

『リメイン・イン・ライト』を初めて聴くと、その独特なサウンドに驚くかもしれません。アフリカの音楽、ファンク、ロック、ニューウェーブといった多様な要素が、これまでにない形で融合されています。
プロデューサーにはデヴィッド・ボウイとの仕事でも知られるブライアン・イーノを迎えています。イーノとの共同作業によってトーキング・ヘッズはそれまでのスタイルから大きく飛躍し、この革新的な作品を生み出しました。
このアルバムは、彼らが常に新しい音楽表現を探求するアーティスト集団であることを証明しています。

これまでの境界線を破壊したサウンド

イーノは長時間にわたる即興演奏を録音し、その中から良い部分を選び出してループさせ、それを基に楽曲を構築するという、当時としては非常にユニークで実験的な制作手法を導入しました。デヴィッド・バーンはこのプロセスを「人間サンプラー」と表現したこともあります。
こうしたアプローチが従来の「作曲→アレンジ→演奏→録音」という方法論とは全く異なる、予測不可能なグルーヴとテクスチャを生み出しました。

バンドの4人だけでなく、ギタリストのエイドリアン・ブリューやキーボードのバーニー・ウォーレル、パーカッションのスティーブン・スケールズ、バッキングボーカルのノナ・ヘンドリックス、トランペットのジョン・ハッセルなど、才能豊かなミュージシャンが多数参加していることもサウンドに深みを与えています。このアルバムの複雑で重層的なサウンドを形成する上で、重要な役割を果たしているのです。

アフリカのリズムとプリミティブな感性の融合

『リメイン・イン・ライト』のサウンドの根幹にあるのはアフリカ音楽、特にナイジェリアのミュージシャン、フェラ・クティの音楽から受けた強い影響です。
彼らはフェラ・クティの音楽に見られる複数のリズムが同時に進行する「ポリリズム」の手法を積極的に取り入れました。これまでのロックバンドにはないアプローチです。

彼らはアフリカ音楽を単に模倣したのではなく、そのエッセンスを解体し、自分たちのサウンドの中で再構築しました。
ニューヨーク・アンダーグラウンドの系譜にいた彼らが、プリミティブなリズム感をデジタルの感覚で捉え直し、「リズム」に対する自由な解釈で、全く新しいビート感を作り出すことに成功したのです。
異なる文化圏の音楽を自己流に消化し、新たな音楽表現として提示したことが、このアルバムの大きな功績です。彼らのサウンドはかつてのロックの「ドライビング」という概念を、再定義したとも言われます。

内省的で示唆に富む世界観

歌詞はストリーム・オブ・コンシャスネス(意識の流れ)のようなスタイルで書かれており、特定の明確なメッセージよりも、内省的で示唆に富む言葉の断片が並べられています。
アフリカの神話やリズム、初期のラップ、さらにはウォーターゲート事件の証言録 など、様々なものからインスピレーションを得ています。時にはダークで重く、予言的な雰囲気を持つ曲もあり、聴き手に多様な解釈を促します。


「ヒート・ゴーズ・オン(ボーン・アンダー・パンチズ)」

このアルバムの冒頭を飾るのが、「ヒート・ゴーズ・オン(ボーン・アンダー・パンチズ)」です。この曲はアルバム全体のファンク的なトーンを決定づける重要な楽曲です。

多層的なサウンドと強烈なリズム

「ヒート・ゴーズ・オン(ボーン・アンダー・パンチズ)」のサウンドは、アフリカ音楽、特にナイジェリアのミュージシャン、フェラ・クティのアフロビートや、ファンク、ポストパンクニューウェーブダンスロックなどの要素が融合しています。

この曲は分厚いポリリズミックなパーカッション、スタッカートのギター、ポッピングベース、そしてディーヴォ(Devo)のような電子音によって構築された、密度が高く、多層的なサウンドが特徴です。特に力強いベースラインが、アルバムのファンク的な基盤を築いています。

楽曲を特徴づける要素の一つに、型破りなギターソロがあります。スタジオ録音バージョンでは、デヴィッド・バーン自身がLexicon Prime Timeというディレイユニットを使用して演奏しました。ライブパフォーマンスではアルバムやその後のツアーにも参加したエイドリアン・ブリューが、ソロを担当しています。

ブリューによるソロは、「前衛的なギターの魔法使い」、「コンピューターが暴走しているような音」、「8ビットのコンピューターのような音」、「煮えくり返る熱いコーヒーをコンピューターにかけたような音」などと評されるほど、実に独特でインパクトのあるサウンドを生み出しています。

歌詞に込められた意味深長な世界観

歌詞はアルバムの他の曲と同様に、「説教、叫び、わめき」のようなスタイルを取り入れています。
ストリーム・オブ・コンシャスネス的な性質を持ち、明確な思考プロセスを追うのが難しいと感じるリスナーもいます。

タイトルにも含まれる繰り返しのフレーズ「And the Heat Goes On(そして熱は冷めない)」は、イーノが1980年夏に見たNew York Postの見出しに由来します。

歌詞の中に「Look at the hands of a government man(政府のやつの手を見ろ)」というフレーズが登場しますが、これはトーキング・ヘッズのデビューアルバムの楽曲「Don’t Worry About the Government(政府の心配は無用)」を書き換えたものです。

この曲の主人公は「妄想と偏執病を通して世界を見ている、もう一人の疎外された失われた魂」、あるいは「悩まされ、明らかに不安定な『政府の男』」と解釈されます。
「A government man(政府要人)」「Born under punches(生まれつきはちゃめちゃな男)」「I’m a tumbler(俺は曲芸師)」「I am not drowning man(俺は溺れちゃいない)」「And I am not a burning building(俺は燃える建物じゃない)…I’m so thin(俺はやせっぽち)」などの歌詞がその根拠です。

精神分析学者のMichael A. Brog氏は、「tumbler」と「government man」という歌い手の二重のアイデンティティが表現されていると分析します。異なる声を使用することで、分裂したアイデンティティというアルバムのテーマを強調していると述べています。政府の抑圧やラットレース、カトリックの祈りとの関連性を指摘する声も存在します。

高い評価と楽曲の位置づけ

「ヒート・ゴーズ・オン(ボーン・アンダー・パンチズ)」はリリース当初から高い評価を受けており、Redditのスレッドでは多くのユーザーが10点満点中10点を付けています。史上最高のオープニング曲の一つ、史上最高のアルバムの一つにふさわしいオープナーといった賛辞です。Pitchforkの「The Pitchfork 500」では、1980年から1982年にリリースされた最高の曲の一つに選ばれました。

この楽曲は『リメイン・イン・ライト』というアルバムの革新性を象徴する一曲であり、トーキング・ヘッズが従来のロックの枠を超え、新しい音楽の地平を切り拓いたことを示しています。
ライブでの演奏も評価が高く、スタジオバージョンとはまた異なる魅力を放っています。

記憶に残るアートワーク

アルバムのカバーアートも非常に印象的です。赤を基調とした背景に、塗りつぶされたようなメンバーの顔が配置されています。
このアートワークはベーシストのティナ・ウェイマスとドラマーのクリス・フランツが、当時の先進技術であるコンピューターグラフィックスを使ってデザインしたものです。

彼らは当初、日本のゲーム番組から着想を得た「Melody Attack」というタイトルと、戦闘機のイラストをカバーにするアイデアを持っていました。音楽性の変化に伴い『リメイン・イン・ライト』という内省的で示唆的なタイトルに変更され、アートワークも顔を強調したデザインになります。
顔が塗りつぶされたようなビジュアルは、「アイデンティティの分裂や曖昧さ」といったアルバムのテーマを表現しているとも言われています。視覚的なインパクトと内包する音楽世界が見事に結びついた、記憶に残るアートワークです。

アルバムを彩る楽曲たち

アルバムの後半には彼らの代表曲であり、奇妙ながらも強い印象を残す「Once in a Lifetime」が収録されています。ミュージックビデオも大きな話題となりました。
続く「Houses in Motion」や「Listening Wind」は、より内省的でアンビエントな雰囲気や、アラビア音楽のような要素も感じられます。
アルバムを締めくくる「The Overload」はそれまでのグルーヴ感から一転し、ダークで重い、予言的なサウンドスケープで聴き手を圧倒します。
これらの楽曲一つ一つが、アルバムの多層的で複雑な世界を構築しています。

音楽史に刻まれた不朽のレガシー

『リメイン・イン・ライト』が音楽史において持つ最大の意義は、その後の音楽シーンに計り知れない影響を与えた点です。
ロック、ファンク、ワールドミュージック、エレクトロニックミュージックなど、様々なジャンルのアーティストがこのアルバムからインスピレーションを受けています。
例えば、レディオヘッドは彼らのアルバム『Kid A』の制作において、このアルバムを重要な参考にしました。彼らはトーキング・ヘッズがループではなく、反復演奏を録音していたことを知り、そこから学びを得たと言っています。

批評家からも絶賛され、ソニックスの実験性、リズムの革新性、そして異なるジャンルをまとまりのある全体に融合させた点が評価されました。
ローリング・ストーン誌の「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」(2020年版)で39位にランクインするなど、数多くの音楽メディアの「ベストアルバム」リストに常に登場する名盤としての地位を確立しています。
アメリカ議会図書館は文化的に重要と評価し、全米録音資料登録簿に保存されてもいるのです。

『リメイン・イン・ライト』は音楽表現の可能性を広げ、ジャンルの境界線を曖昧にし、異なる文化圏の音楽要素を融合させることの面白さを示しました。
それは単なる商業的な成功(カナダやアメリカでゴールドディスクを獲得しています)に留まらず、ポピュラー音楽が偉大なアートとなり得ることを証明した作品でもあります。
リリースから長い年月が経ちましたが、その革新的なサウンドと示唆に富む世界観は今も色褪せることなく、多くのリスナーに新たな発見と感動を与え続けています。
最近ではジェリー・ハリスンとエイドリアン・ブリューがアルバムの楽曲をライブで演奏するツアーを行っており、再び注目を集めています。

『リメイン・イン・ライト』が築いたレガシー

『リメイン・イン・ライト』はその後の音楽シーンに、計り知れない影響を与えました。
ロック、ファンク、ワールドミュージック、エレクトロニックミュージックなど、様々なジャンルのアーティストがこのアルバムからインスピレーションを受けています。
例えばイギリスのレディオヘッドも、彼らのアルバム『Kid A』を制作する上で『リメイン・イン・ライト』を重要な参考にしたと語っています。

興味深い出来事として、アフリカ・ベナン出身の世界的歌手アンジェリーク・キジョーが、このアルバムへのリスペクトを込めて2018年に全曲カバーアルバムをリリースしました。
かつてトーキング・ヘッズがアフリカ音楽から影響を受けて生まれた作品が、時を経てアフリカのアーティストによって再解釈されたという、音楽的な対話とも言える現象です。
このカバーアルバムは『リメイン・イン・ライト』が単なる西洋のロックバンドによる作品ではなく、真にユニバーサルな音楽的価値を持ったことを示唆しています。

 

音楽史に残る1枚

『リメイン・イン・ライト』は、一言では語り尽くせない多様な魅力を持つアルバムです。その革新的なサウンド、独特なリズム、示唆に富む歌詞、そして視覚的なアートワークは、どれもが音楽史において重要な意味を持っています。

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