役所広司×草刈民代主演!映画「Shall we ダンス?」~平凡な中年男性が見つけた人生の輝き~

映画

未知の扉を開く大ヒット作の魅力

仕事と家庭、日々のルーチンワークに追われる中で、ふと立ち止まり「このままで良いのだろうか」と感じたことはありませんか?そんな多くの人が抱える漠然とした問いに、優しく、そして力強く応えてくれる一本の日本映画があります。それが1996年に公開され、日本中に社会現象を巻き起こした周防正行監督の傑作『Shall we ダンス?』です。

ある日 電車から見えた窓辺の女性 杉山正平の日常と変化

物語の主人公は、東京のボタン会社で経理課長を務める杉山正平です。妻(原日出子)と娘(仲村綾乃)との3人暮らしで真面目な性格。郊外に庭付きの家を買い、仕事でも家庭でも特に不満はないはずなのに、心の奥には何か満ち足りないものを感じています。

そんなある夜、通勤電車から見える小さなダンス教室の窓辺に佇む、美しい女性に目を奪われます。その女性こそが、この物語のキーパーソンとなる岸川舞です。彼女の物憂げな姿に心を惹かれた杉山は、数日後、思い切ってそのダンス教室を訪れるのです。このダンス教室は、江古田駅の旧駅舎が見える場所にあり、実際に江古田駅のホームからダンス教室を見上げるシーンが撮影されています。

家族に内緒で社交ダンスを習い始める杉山ですが、最初の動機は憧れの舞先生と知り合いたいという不純なものでした。しかし、グループレッスンを担当したのは舞ではなく、ベテランのたま子先生。当てが外れた杉山ですが、同時に入会した服部田中と親しくなり、社交ダンスの世界に少しずつ足を踏み入れていきます。

個性豊かなダンス仲間たち たま子先生の教えと深まる絆

杉山が通い始めたダンス教室には、実に個性豊かな面々が集まっています。長年ダンスに通っている押しの強い高橋豊子さん。ヅラを着用してダンスに情熱を燃やす青木富夫。彼らダンス仲間たちとの交流は、不器用ながらも新しい世界に馴染もうとする杉山にとって、大きな支えとなっていきます。

特に、草村礼子さんが演じるたま子先生は、優しくも的確な指導で杉山を社交ダンスの世界へと導きます。そのお人柄や立ち振る舞いの美しさは、多くの観客にとって憧れの存在となりました。たま子先生の「おばあさんでがっかりした?ふふふ たま子先生って呼んでね」というセリフが印象的です。

竹中直人さん演じる青木は、その強烈なキャラクターで笑いを誘う一方、ダンスへの情熱は本物です。彼のダンスは見る者の目を見張らせるほどで、名伯楽のたま子先生も絶賛するほどでした。青木を通してダンスという自己表現の奥深さや、隠された情熱を爆発させることの面白さが描かれています。

社交ダンスは一人ではなく、パートナーと息を合わせて踊るものです。たま子先生は「ダンスはパートナーシップ」と教えます。杉山はダンスを通じて人との繋がりやパートナーを信頼することの大切さを学んでいきます。個性豊かな仲間たちや先生との交流を通して、杉山は次第にダンスそのものに魅了されていくのです。

社交ダンスにのめり込む杉山 マンネリからの脱却と家族の揺らぎ

社交ダンスの世界に足を踏み入れた杉山は、徐々にその魅力に取り憑かれていきます。最初はぎこちなかったステップも、練習を重ねるうち上達していきます。自らその世界に飛び込み、踊る喜びに目覚めていく姿は、観る者に「何かを始めることに年齢は関係ない」というメッセージを伝えます。

しかし、家族に内緒でダンスに通う杉山の変化に、妻の昌子は不審を抱きます。帰りが遅くなった夫に対し、心配よりも疑惑の心が芽生え、探偵に相談することになります。柄本明さんが演じる探偵・三輪の登場は、物語にユーモラスな要素を加えつつ、杉山の秘密がいつか明らかになるかもしれないという緊張感をもたらします。

ダンスに熱中する杉山は、練習パートナーである高橋豊子さんとのペアで競技会への出場を勧められます。舞先生の指導を受けながら、競技ダンスという更なる高みを目指すことになるのです。競技会に向けて練習に打ち込む杉山の姿は、マンネリ化した日常から抜け出し、新しい目標に向かって情熱を傾けることの輝きを見せてくれます。

一方で妻は、夫の不審な行動に苦悩し、二人の間には距離が生まれていきます。杉山の自己実現の追求は、家族との関係に波紋を広げるのです。単に趣味に没頭する話ではなく、残された家族側の視点も丁寧に描かれています。

Shall we dance? 再起への一歩を踏み出すラスト

競技会に出場した杉山でしたが、会場に妻と娘が来ていることに気づき動揺してしまいます。他のダンサーとぶつかり、豊子さんのドレスまで脱げてしまうという思わぬアクシデントに見舞われ、競技会は失敗に終わります。家族に秘密がバレてしまった罪悪感もあり、杉山はダンスをやめようと決意し、教室にも行かなくなってしまいます。

ダンスに打ち込む杉山の姿を見て、ダンスへの情熱を取り戻していたのは舞先生でした。舞は過去のつらい経験から立ち直り、海外で再び社交ダンスに挑戦することを決意します。彼女のお別れパーティーに、ダンス仲間たちは杉山を誘います。

パーティーに行くことをためらう杉山でしたが、帰宅途中の電車からダンス教室の窓を見上げると、そこには「Shall we ダンス? 杉山さん」というメッセージが貼られていました。杉山の胸に、再びダンスへの情熱が灯ります。

パーティーの終盤、舞先生がラストダンスの相手を選ぶ場面で、スーツ姿の杉山が現れます。舞先生は笑顔で杉山に近づき、忘れられない言葉をかけます。「Shall we dance?」。この言葉は社交ダンスの始まりを告げるだけでなく、杉山の人生における再起、そして舞先生自身の再出発をも象徴する言葉です。

ラストシーンはそれぞれの人生がダンスを通じて新たな希望を見出す、心温まる結末です。この最後の「Shall we dance?」を、主人公の妻への無言の気持ち、つまり夫婦もダンスのようにパートナーを信頼し、気持ちがそろってこそ楽しいダンスになる、と解釈される方もいます。

軽やかで魅力的な配役

杉山正平(役所広司)

仕事や家庭に恵まれながらも、何か物足りなさを感じるサラリーマンを演じました。
周防監督は当初、役所広司にこの役は「カッコ良すぎる」と否定的でしたが、偶然会った際の「休日のサラリーマンオヤジ」のような姿を見て、オファーを決めました。
社交ダンス未経験でしたが、撮影前に3ヶ月ほど特訓を受け、撮影開始時には後半の競技ダンスを演じられる実力が身についていました。このため映画前半で見せるたどたどしいダンスは、全て演技です。
共演した草刈民代は、役所広司を「身体感覚に優れた俳優さん」と評しています。
役所広司は本作・および同年の他の出演作で、第20回日本アカデミー賞キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、第51回毎日映画コンクール男優主演賞、第9回日刊スポーツ映画大賞主演男優賞、第21回報知映画賞主演男優賞、第39回ブルーリボン賞主演男優賞、第18回ヨコハマ映画祭主演男優賞など、多くの主演男優賞を受賞しました。

岸川舞(草刈民代)

主人公が目を奪われる美しいダンス教師です。世界大会にも出場した一流のダンサーだったのに、今は嫌々講師をしている役柄です。
周防監督は、役所広司演じる中年サラリーマンが「素敵だな」と思う反面「とてもじゃないが近寄れない」雰囲気を持った女性として彼女をキャスティングしました。バレリーナとして活躍していた草刈民代の「近寄りがたさ」がこの役にぴったりだと、即決したそうです。
当初は出演を断ろうとしましたが、シノプシス(あらすじ)を読んで周防監督の描きたいことや舞の設定に共感し、「私にしか演じられないのでは?」と思ったのが出演の決め手になったと述懐しています。
撮影開始時、周防監督から「とりあえず台詞セリフは棒読みで」と指示され、前半の舞の素っ気ない感じを演じました。中盤で舞の感情を表に出すシーンとの、メリハリをつけるためです。
女優としては素人だったため、役者同士の芝居の流れに身を委ねることに苦労したと語っています 。
舞がダンスへの情熱を取り戻し、内面が変わっていく様子にリアリティを感じ、役に入り込むことができたと語っています。
草刈民代は第20回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞・新人俳優賞、第70回キネマ旬報ベスト・テン:新人女優賞、第18回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞などを受賞しました。

青木富夫(竹中直人)

杉山の会社の同僚で、会社では変わり者扱いされていますが、誰にも内緒で社交ダンスに非常に熱心に取り組んでいる役柄です。ドニー・バーンズにあこがれ、カツラを着用して踊ります。
周防監督は社交ダンス教室にいる「ユニークなおじさん」の印象から、最初に竹中直人の起用を考えました。
周防監督は竹中直人と一緒に仕事をするまで、監督の意図を無視する自分勝手な俳優だと思い込んでいました。初めての仕事で彼が役の意味を完全に理解し、ハチャメチャに見えて実は計算ずくの演技をするタイプの役者だと気づき、大きな信頼を寄せるようになったと語っています。
青木のダンスはパートナーから「気持ち悪い」と言われ、解消されることもあります。しかし周防監督は竹中直人のダンスシーンを、「天才としか言いようがない」と絶賛しています。海外上映でも、必ず笑いが起きるシーンだったと回想します。
竹中直人は、第20回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞しました。

高橋豊子(渡辺えり子)

シングルマザーの中年女性ダンサーで、杉山のダンス仲間です。練習中に杉山の下心を見抜いて皮肉を言ったり、ダンス大会で青木と口論になったりする、個性の強い役柄です。
周防監督は社交ダンス教室にいる「ユニークなおばさん」の印象から、渡辺えり子の起用を考えました。
渡辺えり子は、第20回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、第21回報知映画賞助演女優賞を受賞しました。

田村たま子(草村礼子)

ベテランのダンス教師で、杉山に社交ダンスの手ほどきをします。
周防監督は、社交ダンス教室にいる「ユニークなおばさん」の印象から、竹中直人と同じく最初から草村礼子の起ていました。
映画の中で「ダンスとは、楽しむことよ」という周防監督の考えを体現するキャラクターであり、「名伯楽」として杉山のダンススキル向上に貢献します。
草村礼子は、第70回キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞、第51回毎日映画コンクール女優助演賞、第9回日刊スポーツ映画大賞助演女優賞、第18回ヨコハマ映画祭助演女優賞などを受賞しました。

これらの俳優たちの演技はキャラクターの個性や内面を表現し、映画のコメディ要素や感動的な展開を支え、作品の成功に大きく貢献しました。

社会現象と海外での評価 傑作となった背景

『Shall we ダンス?』は1996年1月27日に公開されるやいなや、大ヒットを記録しました。配給収入は16億円に達し、1996年の日本映画で第2位となります。観客動員数は200万人を突破し、この映画の人気を受けて日本では、「時代遅れ」と思われがちだった社交ダンスが見直され、新たなブームが巻き起こりました。

NHKの趣味悠々やテレビ番組「ウッチャンナンチャン 芸能人社交ダンス部」なども相まって、社交ダンス人口が増加する時期と重なっています。バブル期には日本の社交ダンス愛好家が世界一とも言われた時期がありましたが、この映画が再び火をつけた形です。

映画は国内だけでなく、海外でも高く評価されました。世界19カ国で公開され、特にアメリカ合衆国では200万人を動員し、当時のアニメ映画を除く米国での日本映画の興行収入記録を作ります。オンライン映画批評家協会賞、クリティクス・チョイス・ムービー・アワード、カンザスシティ映画批評家協会賞、シカゴ映画批評家協会賞、フロリダ映画批評家協会賞といった海外の映画批評家協会賞で外国語映画賞を受賞しています。

2004年にはハリウッドで、リメイク版『Shall We Dance?』が製作・公開されました。主演はリチャード・ギアジェニファー・ロペススーザン・サランドンという豪華キャストでした。リメイク版は日本版のストーリーを大筋で踏襲していますが、主人公の妻の職業(専業主婦からキャリアウーマン)、送別パーティーへの妻の参加、エンディングの表現などに違いが見られます。ハリウッド版で竹中直人さんが演じた青木の役は、スタンリー・トゥッチさんが好演しました。

この映画の成功について周防正行監督は、「自分のセンスをまろやかに活かしながら、人にきちんと物語を伝えるようなものが運良くできてしまった。あれは世間的な到達点に過ぎない」と複雑な心境を述べています。一方で、「そういう映画が作れてしまったことは、やっぱり幸福なことだと思う」とも。監督にとってこの映画は、妻である草刈民代さんと出会う特別な作品になりました。

『Shall we ダンス?』が問いかける 人生における「ダンス」とは何か

非日常への誘い

この映画は社交ダンスという具体的な「ダンス」を通して、私たちの人生そのものに問いかけています。仕事や家庭に追われ、人生の道筋が大体決まってしまったと感じる中で、心にポッカリと穴が開いてしまったような虚しさ。そんなとき通勤電車の窓から見えるダンス教室の輝きは、非日常への誘いであり、新しい世界への扉でした。

社交ダンスは年齢に関係なく始めることができ、心身の健康にも良い影響を与えると言われます。身体を動かす楽しみ、新しい人との出会い、心の充実感や自信。杉山がダンスを通して得たものです。

「Shall we ダンス?」は、カタカナで表記された「ダンス」です。カタカナの「ダンス」は英語ではない「日本語のダンス」であり、それはつまり「私たちの社会を踊らせる何か」です。西洋から入ってきたダンスそのものではなく、日本人が人生に情熱を見出し、輝くための「何か」を問いかけているようです。

ダンス教室の窓辺の美人でなくても、その疲れた体を踊らせるもの、興奮を生むものはいったい何なのか。この映画では「それをとりあえず探してよ、お父さん」と、平凡な日常を送る中年男性に優しく語りかけているかのようです。

人生はマンネリからくる欲求不満とルーチンの安心感、その両方があるからこそ楽しい。新しいことへの挑戦は億劫だったり、やらない理由を探してしまったりするものです。この映画は役所広司さんが演じる杉山のように、扉を蹴破って新しい世界に飛び込むくらいの挑戦をしても良いのだと教えてくれます。通勤電車の窓に貼られた「Shall we ダンス? 杉山さん」というメッセージのように、いつか自分自身が、あるいは誰かが、あなたに問いかけてくるかもしれません。

人生に再び輝きを

『Shall we ダンス?』は人生の中盤に差し掛かり、漠然とした虚しさを感じている人が、新しい趣味や人間関係を通して輝きを取り戻していく普遍的な物語です。魅力的な登場人物たち、ユーモアと感動のバランス、そして人生への温かい眼差しが、この映画を多くの人にとって忘れられない名作にしています。

さあ、あなたもご一緒に「Shall we dance?」

いさぶろう
いさぶろう

私が住む田舎にも、社交ダンスの愛好家が一定数います。年齢は私よりとおやそこら高い人たちで、つまり70代から80代の層がほとんどです。

盆踊り含め「おどり」と名のつくものに縁遠い私からすれば、なんでこんなに夢中になれるのか、理解できずにおりました。

流行りものに頓着とんちゃくのない性格もあって、この映画も、話題になった当時はまるで関心がありませんでした。今回初めて観ると、ともかくよく構成された映画という印象です。2時間20分近い長尺ものですが、弛緩しかんするところなく快いテンポに終始しています。なるほど、ウケたわけだ。

社交ダンスに関しては、主人公の杉山が最初に受けるレッスンを見ただけで挫折間違いなしです。この映画が大ヒットし、社交ダンス人口も大幅に伸びたそうですが、当時現役で挑戦した勤め人の皆さん、大したもんだと心から思います。

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