2022年公開のフランス映画「パリ タクシー(Une Belle Course【ある美しき旅路】)」は、人生の終着点に差し掛かった女性(リーヌ・ルノー)と、若いタクシー運転手(ダニー・ブーン)の心温まる交流を描いたロードムービーです。パリの美しい街並みを背景に、記憶と人生の重なりが優しく描かれています。
記憶の旅路へ
主人公マドレーヌは92歳。長年住み慣れたアパルトマンを離れ、老人ホームへ入居することが決まっています。その前に、人生の思い出が詰まったパリの街をもう一度巡りたいと願うマドレーヌ。彼女はタクシー運転手のシャルルに頼み、思い出の地を巡る特別な旅に出発します。
ぶっきらぼうな運転手シャルルとの出会い
シャルルは、人生に少し疲れた様子の若いタクシー運転手です。最初はマドレーヌの願いに気乗りしませんでしたが、彼女の語る人生の物語に次第に耳を傾けるようになります。
パリを巡る記憶の旅
マドレーヌは老人ホームへ向かう前に、自分の人生で重要な意味を持つパリの場所を巡りたいと願います。これが最後の機会になるかもしれないと考えたためです。若かりし頃の恋の思い出、家族との幸せな時間、そして辛い別れ…。一つ一つの場所に、マドレーヌの人生における喜びや悲しみ、後悔が詰まっています。パリの美しい街並みを背景に、彼女の記憶が鮮やかに蘇ります。
二人の心の交流
最初はただの客と運転手という関係だったマドレーヌとシャルル。しかし、旅が進むにつれて二人の間には不思議な絆が生まれていきます。
タクシーでの移動中、シャルルは彼女の驚くべき過去の物語を聞きます。
母親が劇場の衣装係だったこと。 父親がナチスによって殺害されたこと。パリ解放後、アメリカ人兵士と恋に落ちたが、彼には故郷に妻がいたこと。その兵士が彼女の子供の父親だったこと。その後、溶接工と結婚したが、彼は息子を受け入れられず、暴力的に彼女を暴行したこと。夫が息子にまで手を上げたたため、マドレーヌは就寝中の夫の股間に重傷を負わせ、13年間投獄されたこと。息子は法学の勉強を中断して写真家になったが、後にベトナム戦争での取材中にサイゴンで亡くなったこと。
マドレーヌの人生に触れることで、シャルル自身の心にも変化が訪れます。彼は自分の人生を見つめ直し、新たな一歩を踏み出す勇気を得ていきます。
ラストシーン それぞれの未来へ
老人ホームに到着し、マドレーヌとの別れの時が訪れます。シャルルは、マドレーヌとの出会いを経て、人生に対する新たな視点を手に入れました。二人はそれぞれの未来へと歩み出します。
物語の意義
この作品は一見単純なタクシーの送迎という設定から、人生の複雑さ、喜び、悲しみ、そして予期せぬ出会いがもたらす心の変化を描いています。高齢の女性の波乱に満ちた人生物語を通じて、世代を超えた心の交流が生まれる様子が丁寧に描かれています。
マドレーヌの人生における重要な出来事がパリの街並みと共に語られていく構成は、都市と人生の記憶が密接に結びついていることを印象的に表現しています。シャルルとマドレーヌという年齢も経験も異なる2人が、この短い旅を通じて互いに影響を与え合う様子は、人生における偶然の出会いの意味を考えさせます。
魅力的な出演者
リーヌ・ルノー 圧倒的存在感で魅せるマドレーヌ役
フランスを代表する大女優、リーヌ・ルノーが主人公マドレーヌを演じています。92歳という役柄を見事に演じきり、その圧倒的な存在感で観客を魅了します。長い人生を歩む中で生まれたマドレーヌの知恵と、どこか可愛らしさのある一面を繊細な演技で表現しています。
ダニー・ブーン 新境地を開拓 シャルル役
コメディアンとして知られるダニー・ブーンが、タクシー運転手シャルル役で新境地を開拓しています。マドレーヌとの出会いを通して変化していくシャルルの心情を、丁寧に表現しています。彼らしいユーモアも交えつつ、人間味あふれる演技で観客の共感を誘います。
2人の化学反応と脇を固める実力派キャスト
ライン・ルノーとダニー・ブーンの演技の掛け合いは、本作の大きな見どころとなっています。世代も経験も異なる2人が、タクシーの車内で紡ぎ出す会話は、自然な温かみに溢れています。本作には、パリの街で2人が出会う様々な人々も登場します。それぞれの役者が、物語に厚みを加える演技を披露しています。
制作時のエピソード 実際のパリを舞台にした撮影の裏側
車内撮影の技術革新・・・本作ではタクシーの車内での自然な会話を捉えるため、最新の小型カメラシステムが導入されました。運転席と後部座席の両方に配置された複数のカメラにより、登場人物たちの繊細な表情変化を見逃すことなく撮影することに成功しています。
音声収録の工夫・・・走行中のタクシー内での会話を鮮明に収録するため、特殊な無指向性マイクロフォンが使用されました。エンジン音や街の騒音を適度に抑えながら、2人の会話を自然な形で録音することができています。
パリの街並み撮影・・・車外からの映像は、車体に取り付けられた最新のスタビライザー付きカメラで撮影されています。パリの街並みの息遣いを感じられるような、揺れの少ない美しい映像が実現されました。
ライティングの工夫・・・車内での撮影では、自然光を活かしながらも、LED技術を用いた補助照明が効果的に使用されています。特に、夜間や曇天時でも、俳優の表情を適切に捉えることができるよう工夫されています。
編集技術の活用・・・複数のカメラアングルの映像を、物語の流れに沿って効果的に編集する作業には、最新のデジタル編集技術が活用されています。車内と車外の映像を自然につなぎ合わせることで、観客の没入感を高めています。
車窓からの眺め・・・パリの街並みを車窓から捉える際には、特殊なレンズと防振システムが採用されました。これにより、マデリーヌの思い出の場所を通り過ぎる際の印象的なショットが実現されています。
位置情報の活用・・・撮影時には、GPSを活用した位置情報システムが導入されました。パリの街を巡るルートを正確に記録し、物語の展開に沿った撮影場所の選定に役立てられています。
天候対策・・・変わりやすいパリの天候に対応するため、防水機能を備えた撮影機材が使用されました。雨天時でも撮影を継続できる体制が整えられています。
360度視点の活用・・・一部のシーンでは360度カメラも使用され、パリの街の雰囲気をより立体的に捉えることに成功しています。
照明効果・・・車内での撮影では、パリの自然光を活かしながらも、俳優の表情を効果的に照らすための LED 照明システムが導入されています。
編集後の技術処理・・・撮影後の映像処理では、色調補正や安定化処理などの技術が活用され、より映画的な質感が追求されています。
音響効果・・・車内での会話と街の音が自然に調和するよう、最新のミキシング技術が活用されています。
パリでの撮影における技術的革新
監督へのインタビューでは、パリの街中での撮影の秘密が明かされています。「パリで運転しながら撮影することは非常に複雑」という理由から、直接的な路上撮影は避けられました。
革新的な撮影方法
撮影監督のピエール・コトローは、4K液晶の没入型スクリーンを使用するアイデアを提案しました。これは彼が以前のプロジェクトで試した技術です。
監督は以下のように説明しています。「以前は車の後ろにスクリーンを設置し、景色や道路を投影しながら撮影しました。クロード・ソーテなどが車のシーンでよく使用していた手法です。現在はグリーンスクリーンもありますが、俳優が周囲の状況を視覚的に把握できないという問題があります。」
そこで本作では停止した車の中で、4メートル×3メートルの超高精細スクリーンに囲まれた環境で撮影が行われました。数週間かけて準備された映像は、プラットフォームトラックに設置された複数のカメラで撮影されました。さらにフロントガラスに向けられた別のスクリーンにより、車内に自然な光と生命感をもたらすことができました。
人生の美しき旅路
日本では、「パリタクシー」を上映する映画館が平日昼間にも関わらずほぼ満席で、観客の9割以上が60歳以上、その9割以上が女性だったそうです。
この映画は92歳の高齢女性マドレーヌが、パリ郊外の自宅から市内の老人ホームへ向かうために乗ったタクシーでの「旅路」を描いた物語です。彼女は急ぐことなく、これまでの人生で重要な意味を持ったパリの様々な場所を経由してほしいとタクシー運転手のシャルルに頼みます。その道中でマドレーヌは、シャルルに自身の波乱万丈な生涯について語り始め、二人の間に絆が生まれます。
「パリタクシー」の原題は「ある美しき旅路」という意味で、マドレーヌの人生最後の「旅路」に、92年間の生涯の「旅路」を重ね合わせた物語であると解釈しています。
マドレーヌの人生の物語は「衝撃の連続」と表現されており、1950年代のフランスでの家庭内暴力といった、現実にありそうな壮絶なエピソードが含まれています。監督のクリスチャン・カリオンは脚本を読んで涙したそうです。
こうしたマドレーヌの生涯の物語が、多くの観客(特に同世代の女性)にとって自分自身の「旅路」と重なり、感動や共感を呼び起こすと考えられます。マドレーヌは多くの不公平や困難に直面しながらも、苦い気持ちにならずに前向きであり続けようと決意しています。彼女の経験は「これもまた過ぎ去るだろう」といった以上の安易な慰めを与えませんが、他者であるシャルルにそれをもたらします。
映画は「人生の最期にどういう時間の過ごし方をするのがよいのか」を考えるきっかけを与えてくれます。高齢期を迎え、自身の人生や終末期について考える機会が増える中で、映画が提示するテーマが深く響くのかもしれません。
主演のリーヌ・ルノー(マドレーヌ役)は94歳で92歳の役を演じ、心温まる、崇高な演技と評されています。彼女の存在自体が、高齢の観客にとって魅力となっているのです。タクシー運転手シャルル役のダニー・ブーンの演技は、彼にとって「異例」であり「驚くべきパフォーマンス」と評されています。二人の輝くような化学反応も、映画の大きな魅力の一つです。人生の困難にストイックでありながら、温かさや親密さを描いている点も特徴です。
これらの要素、特に人生の振り返り、困難の克服、そして終末期への示唆といったテーマが、人生経験を重ねた高齢の女性の心に強く響き、多くの観客を惹きつけているのでしょう。

ブログ記事を選択する際は無自覚なのですが、結果としてフランス映画が多くなっています。ハリウッドが嫌いなわけではありませんが、今の作品で「残る」ものにあまり出会えないんですよね。どれもパターンが似たり寄ったりで、その後の余韻がないのです。
この映画にしても、その特定のパターンから例外ではありません。きっと結末はこうだろうと想像し、その通りになります。
予想はついてもフランス映画には、やっぱり「残る」ものがあるんですよねぇ。それは筋書きだけで表現できない”何か”です。
ぜひ、ご覧ください。しみじみと目を潤ませましょう。
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