映画「9人の翻訳家」究極の密室で生まれるサスペンス

映画

密室の中で繰り広げられる心理戦

世界中で大ヒットしたミステリ「デダリュス」。3部作最終章をめぐり、9人の翻訳家が隔離された豪邸に集結します。彼らは世界同時発売の任務を負い、外部との接触を一切断たれた環境で作業を進めます。しかし、そんな鉄壁のセキュリティを突破され、原稿の一部が流出してしまうのです。一体誰が、どうやって? 9人の翻訳家の間に漂い始める猜疑心、そして明らかになるそれぞれの秘密。密室の中で繰り広げられる心理戦と、予想を裏切る衝撃の結末を描いたサスペンス映画「9人の翻訳家」の魅力に迫ります。

天才翻訳家たちの秘密

9人の翻訳家は、それぞれ異なる言語のスペシャリストとして選ばれました。彼らは高額な報酬と引き換えに、外部と一切の接触を禁じられた豪邸で翻訳作業に従事します。 才能に溢れながらも、どこか影のありそうな面々。経歴や私生活には謎が多く、互いに警戒心を抱きながら共同生活を送ります。一人ひとりのキャラクターが丁寧に描かれ、作品を流出させている犯人は誰か、疑心暗鬼に陥る観客の心理を見事に操ります。

「9人の翻訳家」のあらすじ

1. 極秘の翻訳プロジェクト

「デダリュス」は世界的なベストセラーですが、作者のオスカー・ブラックは匿名で、その正体は誰も知りません。情報漏洩やネタバレを防ぐため、最終巻の翻訳は厳重なセキュリティ体制下で行われることになります。各国で最も売れている国から選ばれた9人の翻訳家は、隔離された施設(原文ではbunker:地下壕)に集められます。出版者のエリック・アングストローム(ランベール・ウィルソン)がプロジェクトを管理し、翻訳家たちは毎日少しずつ原稿を渡され、翻訳を進めていきます。

2. 原稿流出と脅迫

作業開始から数日後、最初の10ページがインターネット上に流出します。そしてアングストロームは、さらなる流出を防ぐために数百万ユーロを要求する脅迫状を受け取ります。彼は犯人を特定しようと翻訳家たちに圧力をかけ、疑心暗鬼に陥れていきます。

3. 翻訳家たちの秘密と計画

物語は回想シーンを交えながら進みます。観客は、英語翻訳者のアレックス・グッドマン(Alex Lawther)が原稿を盗む計画を立てていたことを知ります。彼は他の翻訳家数人と協力し、翻訳プロジェクトが始まる前からアングストロームから本を盗み、コピーしていたようです(「していました」と断言しないところがミソです)。

4. 疑心暗鬼と悲劇

アングストロームによるプレッシャーと疑心暗鬼の高まりの中で、デンマーク語翻訳者のヘレンが自殺するという悲劇が起こります。彼女は8年越しの小説をアングストロームに焼かれ、才能がないのに気づけとまで詰られていました。

5. 真相と復讐

流出するページが増えるにつれ、施設内の状況はエスカレートしていきます。アングストロームがグッドマンとロシア語翻訳者のカテリーナを射殺しかけると、それまで忠実だった警備員たちも態度を変えて…

鉄壁のセキュリティと流出事件

舞台となる豪邸は、まさに「鉄壁の要塞」。外部との通信は遮断され、監視カメラやボディチェックなど、厳重なセキュリティ体制が敷かれています。しかし、そんな完璧なはずのセキュリティを突破し、原稿の一部がインターネット上に流出してしまうのです。 一体誰が、どうやって流出させたのか? 考えられる手段は限られており、9人の翻訳家の中に犯人がいることは間違いありません。

疑心暗鬼と心理戦の始まり

原稿流出事件をきっかけに、9人の翻訳家たちの間に疑心暗鬼が芽生え始めます。互いに探り合い、疑いを向け合う緊迫の心理戦は、観客をも巻き込みます。誰もが怪しく見え始め、誰もが犯人である可能性を秘めているのです。 限られた空間の中で、次第に明らかになるそれぞれの秘密や過去。果たして真実は、どこにあるのでしょうか。

意外な動機と衝撃の真相

物語が進むにつれて、それぞれの翻訳家の動機や背景が徐々に明らかになっていきます。金銭目的、復讐、あるいはもっと個人的な理由。予想もしなかった意外な動機が複雑に絡み合い、物語は思わぬ方向へと展開していきます。そしてついに明らかになる、衝撃の真相。すべての伏線が回収され、最後の最後まで観客を飽きさせません。

主な見どころ

密室サスペンスとしての緊張感

豪華な地下シェルターという限られた空間で、9人の翻訳家たちが互いを疑い合う展開は、古典的な密室ミステリーの要素を現代的に描き直しています。情報漏洩の犯人を探る過程で高まっていく緊張感と、翻訳者たち一人ひとりの心理描写が見事に表現されています。

多国籍キャストによる演技の競演

フランス、イギリス、イタリア、ロシアなど、様々な国籍の実力派俳優たちが集結しています。それぞれが母国語を話し、異なる文化的背景を持つ翻訳者を演じることで、国際色豊かな作品に仕上がっています。特に、主演のランベール・ウィルソンの繊細な演技は見応えがあります。

翻訳という仕事への深い洞察

単なるサスペンス映画を超えて、翻訳という創造的な仕事の本質に迫っています。原作の意図をどう解釈し、別の言語で表現するかという翻訳者たちの苦悩や、文学における言語の壁を越えることの意味など、知的な興味を掻き立てる要素が随所に散りばめられています。これらの要素が、スリリングな展開と見事に調和しています。

なぜか「アンダーカレント」

映画「9人の翻訳家」には、ビル・エヴァンスのアルバム「アンダーカレント」のジャケット写真が使われています。なぜこのジャケット写真が選ばれたのか、公式な説明はありません。映画の中にも、明らかにこのジャケットを意識したシーン(女性がプールの底に沈んでいる)が出てきます。

【映画パンフレット】 9人の翻訳家 囚われた 監督 レジス・ロワンサル ランベール・ウィルソン, オルガ・キュリレンコ,

憶測の域を出ませんが、いくつか可能性が考えられます。

  • 雰囲気の一致: 映画の緊張感あふれるサスペンスの雰囲気と、「アンダーカレント」のジャケット写真が持つ静かで謎めいた雰囲気が合致していると感じられたのかもしれません。
  • 隠された真実: 映画では、翻訳家たちの隠された思惑や作者の正体など、水面下で様々な真実が隠されています。「アンダーカレント」(Undercurrent = 下層流、潜流)という言葉自体が、そのような隠されたものを暗示しているとも解釈できます。
  • 視覚的な魅力: 単純に、ジャケット写真の構図や色彩が視覚的に魅力的であり、ポスターとして効果的だと判断された可能性もあります。

公式な発表がない以上、真の理由は分かりません。しかしこの選択が偶然ではなく、何らかの意図を持って行われたと考えるのは自然でしょう。映画を観た上でポスターを見ると、また違った印象を受けるかもしれません。

緻密な脚本と巧みな演出

「9人の翻訳家」は、緻密に練られた脚本と巧みな演出が光る作品です。限られた空間の中で繰り広げられる心理戦、そして散りばめられた伏線が見事に回収されていく様は、まさに圧巻です。観客はまるで自分が事件の当事者になったかのような錯覚に陥り、物語に引き込まれていくでしょう。

世界的な評価

残念ながら興行収入や批評家からの評価の両面で、賛否両論と言える結果となっています。

興行収入については、制作費を回収できたとは言い難い結果に終わっています。世界的な大ヒットとまではいかず、限定的な公開にとどまった地域も多いようです。

批評家筋からの評価も分かれており、高く評価する声もある一方で、批判的な意見も少なくありません。

肯定的な評価としては、

  • 密室劇の緊張感: 限られた空間で繰り広げられる心理戦やサスペンスの演出が高く評価されています。
  • 複雑なプロット: 複数の伏線やどんでん返しなど、緻密に構成されたストーリー展開は、多くの観客を惹きつけました。
  • 社会風刺の要素: 情報管理や出版業界の闇といった現代社会の問題点を風刺的に描いた点も評価されています。

一方で、否定的な評価としては、

  • リアリティの欠如: 設定や展開に無理がある、登場人物の行動に共感できないといった意見が見られます。
  • 中だるみ: 緊張感のある展開が続く一方で、中盤はやや冗長に感じられる部分もあるという指摘もあります。
  • 結末への不満: 衝撃的な結末を目指したものの、納得できない、消化不良といった感想を持つ観客もいました。

といった点が挙げられています。

全体として「9人の翻訳家」は、斬新な設定とサスペンスフルな展開で一定の評価を得たものの、万人受けする作品とまでは言えず、好みが分かれる作品と言えるでしょう。興行的には成功とは言えませんでしたが、カルト的な人気を獲得している側面もあります。

いさぶろう
いさぶろう

制作がフランス・ベルギーと知って映画を観れば、なるほどひねくれていると納得します。作っている方はエンターテインメント路線のつもりでも、分りやすさより自分たちの美意識が優先されているのです。

時系列がバラバラな上、どこが「今」で「過去」なのか、かなり後にならないと定かになりません。

世界的ベストセラーの出版元がフランスというのも、ご都合主義な気がします。

さらにその本の表紙は、なぜかビル・エヴァンスの「アンダーカレント」。そうする必然性が最後までわからず、女性がプールの底に沈み考え事をするシーンもこじつけにしか感じません。

そうした作品としての疵はあちこちに散見されながら、最後に訪れるカタルシスには代えがたいものがあります。ご覧になられる方はぜひ途中で投げず、最後にまで行きついてください。

個人的には、大好きな一本です。

 

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