第1章:なぜ今、ポンキッキの歌なのか — 世代をつなぐ「うた」の力
朝、まだ眠い目をこすりながらテレビの前に座ると、画面の向こうから聞こえてくるあの音楽。ガチャピンとムックが動きまわり、知らないうちに口ずさんでいた歌の数々。『ひらけ!ポンキッキ』を観て育った方なら、いま少しだけ、あの頃の空気を思い出してくださったのではないでしょうか。
不思議なもので、大人になってふとした瞬間にメロディーがよみがえり、「ああ、この歌、知ってる」と胸がきゅっとなる。それがポンキッキの歌たちです。今回はまず、番組を語るうえで避けては通れない一曲から、この旅を始めたいと思います。
「およげ!たいやきくん」— 社会現象になった、もの悲しくて愛おしい一匹
「まいにち まいにち ぼくらは てっぱんの……」
この歌い出しを読んだだけで、頭のなかで自然とメロディーが流れ出す方も多いはずです。1975年12月に発売された「およげ!たいやきくん」は番組から生まれた歌のなかでも、まさに“事件”と呼ぶにふさわしい存在でした。
豆知識メモ 「およげ!たいやきくん」のレコードは、日本の音楽史に残る驚異的なセールスを記録したことで知られています。子ども向けの歌が、大人までを巻き込んで国じゅうを席巻した。これは後にも先にも、そう多くはない出来事でした。
歌っているのは、後ほど第3章でたっぷりご紹介する子門真人さん。鉄板の上で焼かれる毎日にうんざりしたたいやきくんが、ある日ついに海へと飛び出していく。聞けば愉快な冒険物語のようでいて、その結末はどこかほろ苦い。
子どもの頃はただ、「たいやきが海で泳ぐなんておもしろい!」と笑っていたはずなのに、大人になってあらためて歌詞をたどると、胸の奥がざわつくのはなぜでしょうか。毎日同じことのくり返しに疲れて自由を求め飛び出したのに、待っていたのは思いがけない現実。そんな読み方をしてしまうのは、私たちが働く大人になったからかもしれません。
子どもには冒険のわくわくを、大人には人生のほろ苦さを。ひとつの歌が世代によって違う顔を見せる — これこそポンキッキの歌が長く愛される理由の核心だと、私は思うのです。
テレビが「先生」だった時代の、やさしい教育
私たちが子どもだった頃、テレビはただの娯楽ではありませんでした。とりわけ朝のこの時間帯は、家事に忙しいお母さんの隣で、子どもがひとり画面と向き合う「もうひとつの学びの場」でもあったのです。
ポンキッキがすごかったのは、「学ばせよう」という気負いをまったく感じさせなかったところにあります。数を数える、形を覚える、言葉を知る。本来なら机に向かってやることを、歌と映像とあの愛らしいキャラクターたちが、遊びのなかへとすっと溶け込ませてくれました。
- 気づけば口ずさんでいる
- 気づけば数えられるようになっている
- 気づけば「この形は、まる」と言えるようになっている
この「気づけば」こそが、ポンキッキの教育のいちばんの魔法だったのではないでしょうか。押しつけられた記憶がまるでないのに身についている。親となったいま、その設計の巧みさにあらためて頭の下がる思いがします。
親になって気づく、あの歌のほんとうの意味
さて、少し軽やかな一曲もご紹介させてください。「ホネホネロック」です。
「ホネホネロック(ホネホネロック)……」 とコミカルに骨が踊り出すこの歌。子どもの頃はちょっぴり不気味で、でもなぜか気になってついつい真似して歌ってしまった — そんな記憶はありませんか。
がしゃがしゃと骨が鳴るかのようなリズムは、理屈ぬきで体が動き出す楽しさに満ちています。
大人になってわが子とこの歌に再会したとき、私は思わず笑ってしまいました。怖いはずのガイコツをこんなにゆかいなキャラクターに変えてしまう。子どもが本来こわがるものを、笑いと歌の力で「なんだ、楽しいじゃないか」と手なずけてしまう。その発想の自由さこそ、ポンキッキらしさそのものです。
かつて画面の前で笑っていた子どもが、今度はわが子の隣で一緒に笑っている。 同じ歌をはさんで、時間がぐるりとつながる。 歌にはそんな不思議な力があるのだと思います。
「およげ!たいやきくん」のほろ苦さも、「ホネホネロック」のゆかいさも、子どもの頃とはまた違った味わいで、いま私たちの胸に響いてきます。だからこそ今この歌たちを、もう一度聴いてみてほしいのです。きっとあなたのなかにもまだ眠っている「あの頃」が、そっと目を覚ますことでしょう。
第2章:昭和のお茶の間から — 番組と時代のものがたり
歌には生まれた時代の空気が染み込んでいるものです。ポンキッキの歌たちがなぜあんなにも私たちの心に残っているのか。その答えを探るには、番組が産声をあげた頃の日本へ、少しだけ時計の針を戻してみる必要がありそうです。
この章では、あの朝の時間がどんな時代のなかで愛されていたのか、そして子どもたちに何を手渡そうとしていたのかを、当時の暮らしとともに振り返ってまいります。
1973年、朝の茶の間に生まれた「ひらけ!」の合図
『ひらけ!ポンキッキ』の放送が始まったのは、1973年のこと。テレビがまだ一家に一台、家族が同じ画面を囲んでいた時代でした。
この1973年という年を、少し思い浮かべてみてください。日本は高度経済成長のまっただなかを走り抜け、暮らしはどんどん便利になっていきました。その一方で、この年の秋には社会全体を揺るがす大きな経済の混乱も起こり、「これまでどおりでいいのだろうか」と大人たちがふと立ち止まる空気も生まれつつあった — そんな時代の変わり目に、この番組はそっと幕を開けたのです。
時代のスケッチ ・共働き世帯がまだ少なく、朝は家事に追われるお母さんと子どもが家にいる時間帯 ・子ども向けの歌といえば「童謡」が中心だった頃 ・そんななかで、ポンキッキは童謡の枠を軽やかに飛び越えていった
朝の慌ただしい時間に、子どもがテレビの前で夢中になってくれる。それは家事をするお母さんにとって、ありがたい「ひととき」でもあったことでしょう。番組は子どものためだけでなく、家庭のリズムそのものに寄り添っていた。そう考えるとポンキッキが果たした役割の大きさが見えてくるようです。
忙しい毎日を、まるごと肯定してくれた歌たち
暮らしが豊かになっていく時代。けれども豊かさと引きかえに、日々はどこかせわしなくなっていった時代でもありました。そんな空気のなかで、ポンキッキが子どもたちに映してみせたのは「いつもの暮らし」への愛おしい眼差しだったように思います。
その代表格が、「パタパタママ」。
家事に忙しく、パタパタ走り回るお母さんの姿を、子どもの目線から愛おしく描いたこの歌。せわしなく動くママの姿は、当時どの家庭にもあった光景だったでしょう。忙しいけれど、あたたかい。ちょっぴりコミカルだけれど、そこには家族への確かな愛情がある。子どもながらに「お母さんっていつも忙しいんだな」と感じた、あの気持ちを思い出す方もいるかもしれません。
そして親になったいま、この歌を聴くと立場がすっかり入れ替わっていることに気づいて、思わず苦笑いしてしまいます。かつて「見ていた」パタパタママに、自分自身がなっている。そんな発見も、大人になって聴き返すからこその味わいですね。
子どもの頃は「観る側」だった歌が、 親になると「わが身のこと」として響いてくる。 歌のなかの景色は変わらないのに、聴く私たちのほうが変わっていく。それもまた、歌と長くつきあう楽しみのひとつでしょう。
「食べもの」で笑わせて、言葉で遊ぶ — 数え歌の妙
ポンキッキの真骨頂は、「学び」や「暮らし」を「遊び」に変えてしまう魔法にありました。その好例が、「いっぽんでもニンジン」です。
歌っているのは、フォークシンガーとして知られるなぎら健壱さん。「いっぽんでも ニンジン」という、思わず「え?」と聞き返したくなる言葉遊びがこの歌の心臓部です。ニンジンは一本でも「一本」なのに、なぜか「一人」を数えるみたい。数え方の言葉のおかしさを、食べものを次々くり出しながらゆかいに歌い上げていきます。
- 「いっぽん」でも「にんじん」——数字の「二」がかくれんぼ
- 続いて出てくる食べものや動物たちにも、それぞれ数の言葉遊びが仕込まれている
- 気づけば子どもは笑いながら、日本語の「数え方」に親しんでいる
これはまさに、第1章から一貫してお伝えしてきた「楽しさ→いつのまにか学び」の見事な実例ではないでしょうか。「ものの数え方を覚えましょう」なんて言われたら、子どもは身がまえてしまう。けれどこんな愉快な歌にしてしまえば、子どもはただ笑って口ずさむだけ。
日本語のちょっとした不思議さや言葉のおもしろさへの入り口を、そっと開いてくれるのです。
大人が歌詞をよく読むと、その言葉遊びの緻密さに驚かされます。子ども向けだからと侮るなかれ。子どもには「おもしろい歌」、大人には「よくできた言葉遊び」として二重に楽しめる。
この懐の深さこそ、ポンキッキの歌が長く愛されるゆえんなのですね。
教えるより、笑わせること。 覚えさせるより、口ずさませること。 ポンキッキは学びのいちばん幸せなかたちを、私たちに見せてくれていたのだと思います。
なお、番組で扱われた学習の要素や楽曲には、放送された時期や形態によってさまざまなものがあ里ました。「歌を通じて、遊びながら学ぶ」という一貫した姿勢が番組の背骨にあったことは、多くの視聴者の記憶が証言しているところでしょう。
第3章:耳をすませば — 名曲たちのサウンドと仕掛け
さて、ここまでは歌の物語や時代背景に耳を傾けてきました。この章では少し視点を変えて、「音そのもの」に近づいてみたいと思います。
なぜあのメロディーは、一度聴いたら忘れられないのでしょうか。なぜ子どもたちは、何度でも同じ歌をせがんだのでしょうか。その秘密は歌声や演奏、そして曲の“つくり”のなかに、ちゃんと隠されているのです。難しい音楽用語は使わず、あの頃のワクワクを思い出しながら、一緒に耳をすませてみましょう。
子門真人という「声」の魔法
ポンキッキのサウンドを語るうえで、どうしても外せない人がいます。第1章で少しだけご紹介した、子門真人さんです。
「およげ!たいやきくん」で聴かせてくれたあの歌声を、思い出してみてください。決して声を張り上げるでもなく、かといって淡々としすぎるでもない。たいやきくんの切なさにそっと寄り添うような、あたたかくも芯のある声。あの独特の存在感が、歌をただの愉快なコミックソングで終わらせず、聴く人の胸に残る一曲へと引き上げたのです。
声のちから
子ども向けの歌だからといって、子どもっぽく歌わない。 まっすぐに、ていねいに、一つひとつの言葉を届ける。 その誠実さが、子どもにも大人にも伝わったのでしょう。
子門さんは「およげ!たいやきくん」や「ホネホネロック」だけでなく、このあとご紹介する「はたらくま」でも、その歌声を聴かせてくれます。同じ歌い手がまったく違う表情の歌を歌い分ける。声という楽器の豊かさを、あらためて感じさせてくれる存在ですね。
なお、子門真人さんは特撮番組の主題歌(『仮面ライダー』『人造人間キカイダー』『ファイヤーマン』等々)など、幅広い分野で歌声を残してきた歌手として知られています。ここではポンキッキでの活躍に焦点をしぼりますが、その伸びやかで清潔感のある声質が多くの子ども番組で重宝されてきたことは、多くの方がうなずくところでしょう。
童謡でもポップスでもない、絶妙なアレンジの妙
ポンキッキの歌がユニークだったのは、「これは童謡です」とも「これはポップスです」とも言い切れない、絶妙な立ち位置にあったことです。その面白さを、二つの歌から感じ取ってみましょう。
まずは「はたらくくるま」。歌うのは、数々のポンキッキソングでおなじみののこいのこさんです。
そして続編にあたる「はたらくくるま2」では、子門真人さんが歌声を聴かせてくれます。
この歌の魅力は、なんといっても次から次へと登場するたくさんの働く車たち。パトカー、消防車、ショベルカー……街なかを走る車から、工事現場で活躍する車、さらには特殊な車両まで、合計で36台もの車が歌のなかに登場すると言われています。
子どもが夢中になる“設計”
・1番は街なか、2番は工事現場、3番は特殊な車両と場面が展開していく
・それぞれの車の役割が、擬音語やテンポのよいフレーズでリズミカルに描かれる
・だから子どもは、遊びながら車の名前と働きを自然に覚えられる
働く車がこんなにたくさん出てくる歌を、子どもたちが夢中にならないはずがありません。「これ知ってる!」「これ見たことある!」— 街で見かけた車が歌のなかに登場するよろこびは、子どもにとって格別なもの。そしてそれぞれの車が「どんな仕事をしているのか」まで、リズムに乗せて覚えられてしまう。働くことのかっこよさや、社会がたくさんの人と車で支えられていることを説教くさくなく、ただ楽しく伝えてしまう。このセンスは、まさにポンキッキならではです。
いまでもはたらく車が大好きな子どもは、きっとたくさんいることでしょう。時代を超えて子どもの「好き」に寄り添うテーマ選びもまた、この歌が長く歌い継がれる理由なのですね。
続いて、ぐっと雰囲気の変わる一曲、「カンフーレディー」。歌うのは高田とも子さん。タイトルからも想像がつくとおり、当時世間をにぎわせていたカンフー・ブームの熱気を、子ども向けの歌にすっと取り込んだ一曲です。
時代を映す鏡 1970年代、香港発のカンフー映画(ブルース・リー)が世界的な大ブームを巻き起こしました。 その熱がお茶の間にも届き、子どもたちも見よう見まねで「アチョー!」と身がまえていた。 そんな時代の空気を、ポンキッキは軽やかに歌にしてしまったのです。
ここにポンキッキのすごさがあります。「子どものための歌」でありながら、その時々の世の中の流行や空気を、ちゃんと映し込んでいた。童謡のように古びた世界にとどまらず、いま流行っているものを大胆に取り入れる。だからこそ子どもたちは「新しい!」「かっこいい!」と夢中になれたのですね。カンフー、働くこと、たいやきの冒険。扱うテーマの幅広さそのものが、ポンキッキのアレンジの豊かさを物語っています。
くり返し・オノマトペ — 子どもの心をつかむ音楽の設計
ここまでご紹介してきた歌たちには、実はある**共通の“仕掛け”が隠されています。それは、「くり返し」と「オノマトペ(音や様子をあらわす言葉)」です。
思い返してみてください。
- 「まいにち まいにち」(およげ!たいやきくん)
- 「ホネホネロック ホネホネロック」(ホネホネロック)
- 「パタパタ」(パタパタママ)
- 「はしるはしる はたらくるま」(はたらくくるま)
どうでしょう。どれも同じ言葉が心地よくくり返され、口に出すだけで楽しい響きを持っていることに気づかれるはずです。これは決して偶然ではありません。
子どもはくり返される言葉やリズムが大好きです。同じフレーズが何度も出てくると、まだうまく歌えない子でも「そこだけは一緒に歌える」。そして「歌えた!」というよろこびが、もっと歌いたいという気持ちを育てていく。オノマトぺの弾むような響きは、意味がわからなくても体で楽しめる — これは言葉を覚えはじめたばかりの小さな子どもにとって、この上ない魅力なのです。
つまり、ポンキッキの歌たちは「歌いやすさ」「まねしやすさ」「口ずさみたくなる楽しさ」が、 ちゃんと計算されて作られていた。 子どもの心をつかむためのやさしくも緻密な“設計”がそこにあったのですね。
親として子どもと歌を歌ってみると、この設計のありがたさが身にしみます。むずかしい歌はなかなか一緒に歌えないけれど、ポンキッキの歌なら二人で同じところを声をそろえて歌える。
「くり返し」は子どもと大人が一緒に楽しむための、やさしい架け橋でもあったのです。
歌声の魔法も、時代を映すアレンジも、そして口ずさみたくなる言葉の仕掛けも — すべてが子どもたちを笑顔にするために注がれていたのだと思うと、あらためて胸があたたかくなりますね。
第4章:アナザー・アングル — 歌がつないだ、その後の物語
長かったポンキッキの旅も、いよいよ最終章です。ここまで歌の物語、生まれた時代、そして音の秘密を見てまいりました。最後は少し視点を引いて、歌そのものの“まわり”に目を向けてみたいと思います。
一枚のレコードジャケット、番組が形を変えて歩んだ道のり、そして時代とともに移り変わる子どもの歌の景色。歌は歌い終わったあとにも、たくさんの物語を残していきます。あの頃の子どもが親になり、その子がまた大人になっていく。歌がつないできた長い時間をやさしく振り返りながら、この記事を締めくくりましょう。
レコードやパッケージが語る、もうひとつの世界
歌は耳で聴くもの。けれど私たちの記憶のなかには、しばしば「見た景色」もいっしょに刻まれているのではないでしょうか。
「およげ!たいやきくん」の大ヒットに象徴されるように、ポンキッキの歌の多くはレコードとして家庭に届けられました。あの頃、お小遣いを握りしめてレコード屋さんへ走った方、親に買ってもらった一枚を宝物のように何度もかけた方。そんな思い出をお持ちの方も、きっといらっしゃるでしょう。
ジャケットという小さな絵本
レコードのジャケットには、歌の世界をあらわすイラストが描かれていました。 針を落とすまでのわくわく、ジャケットをながめながら歌詞を追った時間。音楽が「モノ」として手のなかにあった時代ならではの、ぜいたくな体験でした。
いまはスマートフォンひとつで、いつでもどこでも曲が聴ける時代です。それはとても便利で、ありがたいことです。けれどジャケットをながめ、歌詞カードを指でたどり、レコードやテープを大切に扱ったあの手ざわりは、あの時代を生きた私たちだけのかけがえのない宝物かもしれません。子どもと一緒に音楽を聴くとき、たまにはそんな「モノとしての音楽」の話をしてあげると、少し違った顔で聴いてくれるものですよ。
『ポンキッキーズ』へ、そして令和のキッズソングへ
『ひらけ!ポンキッキ』は時代とともにその姿を変えながら、長く子どもたちのそばにあり続けました。番組はやがて『ポンキッキーズ』へと受け継がれ、私たち親世代のなかには「子どもの頃は『ひらけ!ポンキッキ』、親になってわが子とは『ポンキッキーズ』」という、二世代にまたがる思い出を持つ方も多いのではないでしょうか。まさに、番組そのものが世代をつないできたのです。
その長い歴史のなかで生まれた歌たちも、実に多彩でした。ここで、ご紹介しきれていなかった二曲にふれておきましょう。
ひとつは、「かまっておんど」。歌うのは、女優として広く知られる大竹しのぶさんです。
「かまって、かまって」とせがむ、子どもの甘えたい気持ちをそのまま歌にしたようなこの一曲。子どもってほんとうに「かまってほしい」のかたまりですよね。忙しい毎日のなかでもこの歌を聴くと、「そうだ、うちの子も“かまって”のサインを出しているのかもしれない」と、ふと立ち止まらせてくれる。
俳優ならではの表現力が、子どもの心の機微をあたたかくすくい取っています。
もうひとつは、春の定番として親しまれてきた「ドキドキドン!一年生」。歌うのはぶんけかなさん。
「ドキドキ ドン!」という弾む言葉に乗せて、小学校へあがる子どもの緊張と喜びがみずみずしく描かれます。
入学の朝に
ランドセルを背負って、少し大きな上ばきを履いて。 不安と期待でいっぱいの、あの春の朝。 この歌はそんな一生に一度の“はじめの一歩”に、そっと寄り添ってくれます。わが子の入学式で思わず涙ぐんでしまった方もいるのではないでしょうか。
「甘えたい気持ち」も「一歩ふみ出す勇気」も — ポンキッキの歌は子どものこころの成長の、あらゆる場面に寄り添ってきたのですね。
なお、番組の変遷や各楽曲がどの時期に放送・発表されたかについては、時代によってさまざまな形態がありました。ここで正確な年代の断定は控えますが、時代が移り変わっても「子どもの心に寄り添う」という姿勢が一貫していたことこそが、この番組の本質だと言えるでしょう。
親から子へ、子から孫へ — 歌い継がれるということ
こうして10曲をたどってきて、あらためて感じることがあります。それはポンキッキの歌たちは、決して「懐かしいだけの過去のもの」ではないということです。
「およげ!たいやきくん」の切なさ、「ホネホネロック」のゆかいさ、「パタパタママ」のあたたかさ、「いっぽんでもニンジン」の言葉遊び、「はたらくま」の軽やかさ、「カンフーレディー」の時代の熱、「かまっておんど」のせつなさ、「ドキドキドン!一年生」のまぶしさ。これらの歌はいま歌っても、ちゃんと子どもの心にとどく力を持っています。
かつて子どもだった私たちが、今度は親として口ずさむ。 それを聴いたわが子が、いつか自分の子どもに歌ってあげる。 歌はそうやって、世代から世代へと手渡されていくのですね。
思えばこれほど幸せな“遺産”があるでしょうか。お金では買えない、けれど口ずさむだけでいつでも取り出せる。ポンキッキの歌は私たちが子どもたちに手渡せる、いちばん身近な宝物なのだと思います。
今日ご紹介した10曲のなかに、あなたの胸をきゅっとさせる一曲はありましたか。もしよかったら今夜、お子さんやお孫さんと ーあるいはかつて子どもだったご自分のために— そっと口ずさんでみてください。きっとあの朝のワクワクが、時を超えてよみがえってくることでしょう。そしてその歌は、また次の世代へと歌い継がれていくのです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
出典・参考文献
- フジテレビジョン『ひらけ!ポンキッキ』『ポンキッキーズ』番組関連情報(各公式サイト・番組情報)
- 各楽曲収録レコード・CD・音源のクレジット表記(歌唱者・楽曲情報)
- 日本のレコード・音楽産業に関する各種年鑑・統計資料(セールス動向等)
- 1970年代の日本社会・世相に関する一般的な歴史資料
- 当時番組を視聴した世代の証言・回想


コメント