マルタ・アルゲリッチとは何者か/生涯・名盤・ピアニズムを徹底解説【後編】

クラシック音楽

第3章:永遠の名盤たち アルゲリッチの録音を聴く

まず知っておきたいこと 彼女の録音の特殊性

アルゲリッチのディスコグラフィーを前にして、初めて彼女の音楽に触れようとするリスナーはまず一つの事実に驚かされます。1980年代以降、彼女はほぼソロ録音を行っていないのです。ソロ演奏会から遠ざかったのと同様に、スタジオでピアノ一人と向き合うことも、彼女の性分に合わなかったのでしょう。最後のソロ・アルバムは1984年のシューマン「子供の情景/クライスレリアーナ」でした。

その代わり、協奏曲と室内楽の録音は驚くほど充実しています。ドイツ・グラモフォン(DG)レーベルに残された録音だけで、2015年に発売されたボックスセットは実に46枚組に及びました。2025年までに、彼女のカタログは少なくとも200枚以上の録音を含むに至っているほどです。どこから聴き始めるか迷ったときのために、特に重要な名盤を厳選して紹介します。

名盤① プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番 / ラヴェル ピアノ協奏曲ト長調(1967年)

アルゲリッチとクラウディオ・アバドの共演によるこの録音は、彼女のディスコグラフィーのなかでも最重要盤として君臨し続けています。1967年、ベルリンのイエス・キリスト教会でセッション録音されたこのディスクは、当時26歳のアルゲリッチと34歳のアバドという二人の若い才能がはじめて世界に「爆発」した瞬間の記録です。

英グラモフォン誌はこの演奏を、「いわゆる『女性的』な演奏とは一線を画しながらも、官能的でたおやかな知覚、そして繊細なニュアンスが随所に息づいている」と評しました。最初から最後までそれらを支え抜いたアバドの指揮も、高く評価しています。
一方、BBCミュージック・マガジンは最高評価の五つ星を与え、「奇跡的なまでの叙情性と、ムチのようにしなる鋭いリズムが光る、協奏曲演奏の至高の形だ。ソリストと指揮者の呼応は、常に極めて高い緊張感を保っている」と惜しみない賛辞を送っています。

プロコフィエフの第3番は皮肉とユーモア、鉄のリズム、そして突然現れる甘い叙情性が入り混じった曲です。アルゲリッチの演奏はその全要素を見事に引き出し、一夜にしてプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番をそれにふさわしい地位へと押し上げたとも評されています。
カップリングのラヴェルのト長調協奏曲では、ジャズの香りと夢幻的な叙情性の均衡が見事で、特に第2楽章の静謐な美しさは息をのむほどです。

名盤② ショパン:伝説の1965年録音

ショパン・コンクール優勝直後の1965年、アルゲリッチはロンドンのアビイ・ロード・スタジオでEMIのためにショパンを録音しました。しかしDGとの契約の関係からこの録音は長らく秘蔵され、世に出たのは実に1999年のことです。
プロデューサーのスヴィ・ライ・グラブが「彼女には不可能なことが何もなかった」と残した言葉が、全てを物語っています。

収録されたショパンのソナタ第3番は、溶岩のような力強さと、ほとんど耐えられないほどの親密な叙情性の両方を包含する広大で声量豊かな演奏であり、評論家たちはその即興性の自然さに驚嘆しました。
特に終楽章の冒頭の和音は一発どり(ワン・テイク)で録音されたとされており、プロコフィエフ第3番と並んでアルゲリッチの代表的な録音として挙げられる 名演です。

1975年のDGへのショパン前奏曲集(24の前奏曲)も忘れてはなりません。

研究者による音楽学論文(アカデミア)では、この録音の演奏タイミングが音楽分析の素材として用いられるほど、アルゲリッチのルバートの構造は精緻かつ有機的なものとして注目されています。あるライターは「彼女の1975年録音のプレリュード集は、私が聴いたなかで最も優れた演奏だ」と断言しています(Walter Bitner Music Blog)。

名盤③ シューマン:ピアノ協奏曲イ短調(複数録音)

アルゲリッチは「特別な親しみを感じる」と公言している作曲家の一人がシューマンです。代表的な録音はニコラウス・アーノンクール指揮によるもの(1992年)であり、シューマンの荒々しい感情の振れ幅とアルゲリッチの本能的なピアニズムが見事に共鳴した名盤です。

アルゲリッチはシューマンに対して特別な親和性を持っており、その感情世界の荒々しい対比ゆえに、ベルリン・フィルとのシューマン協奏曲を何度も演奏したと伝えられています。
シューマン研究の学術論文では、同協奏曲におけるアルゲリッチの演奏について、他の演奏家と比較して最も感情的なリスクを冒し、劇的なコントラストを際立たせていると分析されています。

名盤④ ラヴェル:《夜のガスパール》(1975年)

ソロ録音の中で、「ガスパール」は別格の存在感を放っています。ラヴェルが「リストより難しい曲を書く」と宣言して生み出したとされるこの曲は、現代ピアノ音楽の最高難曲のひとつ。
第1曲「オンディーヌ(水の精)」、第2曲「絞首台」、第3曲「スカルボ(小悪魔)」という三つの楽章から成り、特に「スカルボ」の超高速パッセージとオクターブ連打は、世界最高峰のピアニストでさえ青ざめる難所です。

アルゲリッチによる1975年の録音を、「私にとって、古今東西すべてのピアノ録音の中でも最高にお気に入りの一つ」と自ら称えています。そこにはラヴェルの複雑なハーモニーを完全に掌握した者にしか成し得ない、「音のニュアンスが満ち引きするかのような、変幻自在なうねり」が感じられます。
「スカルボ」では、クライマックスのフォルテ部分でテンポがほぼ倍に跳ね上がるというアルゲリッチ流のルバートが炸裂し、聴く者を圧倒します。

「アバドと私」 生涯の共演者との奇跡的な絆

名盤を語るとき、クラウディオ・アバドとの関係を避けることはできません。二人はDG(ドイツ・グラモフォン)への最初のレコーディングである1967年のプロコフィエフ/ラヴェル盤からアバドの晩年に至るまで、45年以上にわたって共演し続けました。
ベルリン・フィルの公式サイトによれば、アバドの在任期間中、アルゲリッチは特に頻繁にベルリン・フィルに登場し、ザルツブルクへの演奏旅行にも数回同行するほどの緊密な関係でした。

2023年、アルゲリッチは幼少期からの友人であるダニエル・バレンボイムとベルリン・フィルの舞台で共演し、ドイツの有力紙「ツァイト」は「二人が演壇に足を踏み入れただけで部屋が満たされた。一音も鳴らない前から。美と愛と記憶によって」 と書き記しました。音楽家同士の絆が生み出す「何か」が、アルゲリッチの録音にはいつも宿っているのです。

第4章:音楽は分かち合うもの アルゲリッチの遺産と現在

「競争ではなく、分かち合い」 三つの音楽祭が示す哲学

アルゲリッチが後世に残す最も重要な遺産のひとつは、音楽を「競争」ではなく「分かち合い」として捉える姿勢の体現です。その思想は、彼女が主宰・参加する三つの音楽祭に結晶しています。

まず1996年に大分県別府市で始まった別府アルゲリッチ音楽祭(現:Argerich Music Festival and Encounter in Beppu)。

アルゲリッチは1996年から総合プロデューサーとしてこの音楽祭を率い、若いアジア人音楽家の育成と創造性の促進を目的としていいます。日本という地方都市が国際的な音楽の発信地となった背景には、彼女の日本への愛着と、音楽を通じた文化交流への純粋な情熱がありました。

次にスイスのルガーノで2002年から続いたマルタ・アルゲリッチ・プロジェクト(Progetto Martha Argerich)。

ここでは毎年世界的な演奏家と新進気鋭の若手が同じ舞台に立ち、室内楽を中心としたプログラムを繰り広げました。
そして1999年に創設されたブエノスアイレスでの国際ピアノコンクール
かつて自身がコンクールに翻弄された経験を持ちながらも、若者のための場を故郷に作り続けたのは、アルゲリッチという人物の複雑さと懐の深さを示しています。

「彼女が舞台に招いてくれた」 育てられた演奏家たち

アルゲリッチが育てた演奏家の顔ぶれは、現代クラシック界の次世代を体現しています。アルゲリッチが支援してきたアーティストには、ガブリエラ・モンテーロマウリシオ・ヴァリーナセルジオ・ティエンポロベルト・カルネヴァーレらが含まれる とウィキペディアは記録しています。

ジョージア出身のピアニストカティア・ブニアティシヴィリはアルゲリッチへの敬愛を公言し、そのメンタリング(指導・支援)が自分の芸術的成長にとって決定的だったとしていると伝えられています。

2025年のショパン国際ピアノコンクール最優秀賞を受賞したチョ・ソンジンも、アルゲリッチが支援した演奏家の一人です。2025年に彼女の代役を務めたほか、若い頃からアルゲリッチとの縁を持ってきたと報告されています。

アルゲリッチの若手への関わり方は、単なる「審査員」や「後援者」ではありません。正式な役割を超えて、多くの若手ピアニストのキャリアを個人的なレベルで支援し、自分と一緒に演奏する機会を与えることで貴重な露出と指導を提供してきたのです。彼女自身がグルダから受けた「自由」の贈り物を、次の世代へと手渡し続けているとも言えます。

「Bloody Daughter」 娘が見た素顔

アルゲリッチの人間像を最も深く伝える作品のひとつが、三女ステファニー・アルゲリッチが監督したドキュメンタリー映画「Argerich – Bloody Daughter」(2012年)です。この作品では、演奏家としての輝かしい姿の裏にある母としての孤独、娘たちとの複雑な関係、そして彼女が「カオス」と呼ぶ内面が率直に描かれています。

ベルリン・フィルの公式サイトは、「このドキュメンタリーは彼女の内気で傷つきやすく内省的な一面を痛切に映し出している」と評しています。世界中に熱狂的なファンを持つ大芸術家でありながら、同時に人間として深く傷つき、孤独を恐れ、家族との絆を渇望する一人の女性でもある。そのギャップがアルゲリッチという存在を、より普遍的なものにしています。

84歳、今なお現役――そして2026年へ

2025年6月に84歳を迎えたアルゲリッチは、今も現役として舞台に立ち続けています。娘ライダは母親が自分のピアノ演奏能力に驚いているとグラモフォン誌に語り、「肘から指先にかけての部分はほとんど年を取っていないようだ。今でも筋肉のトーンが十分にある」と述べたといいます。

DGの公式サイトによれば、2026年4月にはロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホール、フランスのエクサン=プロヴァンス、ドイツのライプツィヒ・ゲヴァントハウスなどでの公演が予定されており 、その旺盛な活動は衰えを知りません。
スイスのエンガディン音楽祭での公演を健康上の理由でキャンセルすることも2025年にありましたが、それでも年間を通じた演奏スケジュールは続いています。

最新の録音活動も活発です。2025年には新譜「Ravel: Adagio assai from Piano Concerto in G; Ma mère l’oye; Gaspard de la nuit」をリリース。齢80を超えてなおラヴェルのガスパールを録音するという事実は、それ自体が驚異的な物語です。

アルゲリッチが問いかけるもの 「今」であること

アルゲリッチの存在が現代のリスナーに突きつけるのは、音楽の「今」についての問いです。彼女の演奏には録音されたものでさえ、「今この瞬間に生み出されている」という感覚があります。それは計算によるものではなく、彼女が語った「本能と直感」の産物です。

ピアニストのネルソン・ゲルナーはグラモフォン誌でこう語っています。
「情熱的なピアニストの多くは、年齢を重ねると演奏の力点が変化していくものだ。若き日の瑞々しい推進力や燃え上がるような炎は、普通なら影を潜めてしまう。だけどマルタ(アルゲリッチ)にそんな変化は起きなかった。表現の幅こそ豊かになったものの、あの内なる炎は今も消えることなく燃え続けているんだ」
まさにアルゲリッチのピアニズムの核心を突いた言葉と言えるでしょう。

クラシック音楽がしばしば「過去の遺産」として扱われる中、アルゲリッチは生涯を通じてその常識を覆してきました。
コンクールで型破りな演奏家を「天才」と呼んで席を蹴り、舞台に一人で立つことを拒み、そして80歳を超えてもなお新しい録音を世に送り出す。それは「音楽とは何か」ではなく、「音楽とは今この瞬間に何ができるか」を問い続ける行為です。

アルゲリッチはかつてこう語りました。
「他の人と演奏するとき、インスピレーションを得ることが大切。コミュニケーション(侵略ではなく)こそが、人生に不可欠なものよ」(2009年ノーベル賞コンサート前インタビュー)。
音楽を孤独な競争ではなく、人と人の間に生まれる対話として捉えるこの哲学こそ、マルタ・アルゲリッチが半世紀以上にわたって世界中のリスナーを魅了し続けている、最大の理由なのかもしれません。

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